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2019
01.11

使い道のない公式?(大森公式について)

Category: その他
大雑把な式と言えば、構造ではなくて地震の分野の話であるが、ちょっと思い出したので書いておこう。

その式とは震源までの距離をエイヤで求める式である。「大森公式」と呼ばれる有名な式なのでご存知の人も多いかと思う。この公式は、地震の初期微動の継続秒数を8倍すれば震源までの距離がキロメートルで求まるというものである。

和達清夫著「地震」の「二十六 震源の位置を求める法」では以下のように説明されている。

初期微動継続時間というのは、始め縦波が来て次に横波が到着するまでの時間である。言い換えると、始め来た速度の早い波に対して次の速度の遅い波がどの位遅れて来たかを示す時間である。

この遅いものが遅れる度合いは、遠い所から出発してくるほど余計に遅れるわけであるから、結局震央距離と初期微動継続時間との間にはある関係が存在している訳である。

我々は雷がなる時に、その前に稲妻が光ってその後何秒経って雷が鳴り出したかを測り、その秒数を三倍した町数位だけ雷が遠くで鳴ったというやり方を知っている。今地震の際の初期微動継続時間の時も同じような関係が分っているのである。

ただし地震の深さでその掛ける数が異るのであるが、まず普通は初期微動の秒数に2を掛けた里数あるいは8を掛けたキロ数だけ遠くに震源があると思ってよい。従って、初期微動が十秒なら、震源までの距離はおよそ八十キロである。

今村明恒の「地震の話」にもほぼ同じような説明が出ている。雷の例を出しているところもそっくりである(下記)。

... われわれは最初の弱い部分を初期微動と名づけ、中頃の強い部分を主要動或いは主要部、終りの弱い部分を終期部と名づけている。終期部は地震動の余波であって余り大切なものではないが、初期微動と主要部とは極めて大切なものである。

両者ともに震源から同時に出発し、同じ途を通って来るのであるけれども、初期微動は速度大に、主要動はそれが小なるために斯く前後に到着することになるのである。あたかも電光と雷鳴との関係のようなものである。

もっと具体的にいうならば、初期微動は空気中における音波のような波動であって、振動の方向と進行の方向とが相一致するもの、即ち形式からいえば縱波である。主要動はそれと異なり横波である。震源の近い場合には縱波はおよそ毎秒五キロメートルの速さで進行するのに、横波は毎秒三・二キロメートルの速さで進行する。

 初期微動が到着してから主要動が来るまでの時間を、初期微動継続時間と名づける。読者は初期微動時間だけを知って震源距離を計算して出すことは、算術のたやすい問題たることを気付かれたであろう。実際われわれはこの計算に一つの公式を用いている。即ち初期微動継続時間の秒数に八という係数を掛けると、震源距離のおよその値がキロメートルで出て来るのである。

ただ、この「八という係数」をどう決めたのかを筆者は知らない。今村が書いているように、縦波が 5 km/s で、横波が 3.2 km/s だと、この係数は 8.9 あるいはもっと大雑把に 9 ということになるのだが、なぜ 8 とされているのだろうか?

きっと大森房吉の書いた本なり論文なりに出ているのだろうと思ってちょっと調べてみたが、該当するものが見当たらなかった(知っている人がいたら教えて下さい)。

雷までの距離が分かれば、「まだ遠いから大丈夫そうだ」とか「かなり近いから建物の中に避難していよう」といったようにそれなりに役に立つ。だが、震源までの距離が分かったとして何が嬉しいのだろうか?何も使い道が無いように思えてしょうがない。

思い付くのは「自己満足が得られる」くらいだろうか。この公式を使うにはある程度修養を積むことが必要なようで、今村明恒もそうやって習得した技を鼻にかけているような感じを受けるのである。「地震の話」の上記の部分の後には、以下のようなことが書かれている。

前に述べた通り、初期微動の継続時間は震源距離の計算に利用し得られる。この継続時間の正確なる値は地震計の観測によって始めて分かることであるけれども、概略の値は暗算によっても出て来る。

著者の如きはそれが常習となっているので、夜間熟睡しているときでも地震により容易に覚醒し、夢うつつの境涯にありながら右の時間の暗算等にとりかかる癖がある。これを器械的観測の結果に比較すると一割以上の誤差を生じた例は極めて少ない。

著者は更に進んで地震動の性質を味わい、それによって震源の位置をも判断することに利用しているけれども、これは一般の読者に望み得べきことでない。

とに角、初期微動継続時間を始めとして、発震時その他に関する値を計測し、これを器械観測の結果に比較する事は願る興味多いことである。自分と観測所との間隔が一二里以内であるならば、両方の時刻ならびに時間共に大体同じ値に出て来るべきはずである。

ついでに書いておくと、今村明恒が執筆した、関東地震(1923年)の調査報告である「震災予防調査会報告第 100 号甲」の冒頭にもこの技を使用する場面が出てくる(下記 一部旧漢字などを現代的な書き方に修正)。

体験  自分は大震の起った当時帝国大学地震学教室内に著席して居った、最初はやや緩慢な微動を以って始まったので自分はそう大きな地震とも思わず、例の通り暗算によっての初期微動継続時間を勘定し始め、兼ねて大震動の方向に注意しつつ経過して行くと、震動が次第に増大し、三四秒の後にはそのかなりに強い地震であることに気がついた、....

大森公式に実用性はなさそうだが、小学生の算数の問題のネタには使えそうである。例えば、「P君とS君がかけっこをしたところ、25 秒差でゴールしました。P君とS君の走る速さが、それぞれ秒速 8 m と 4 m だったとすると、スタートからゴールまでは何メートルでしょう(答え: 200 m)」といった問題はなかなかの良問ではないだろうか?



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2019
01.04

サルバドリーの略算式(等価モーメント係数)

Category: 鋼構造
前回の記事では、サルバドリー(M. G. Salvadori)と内藤多仲といった構造の名人達が、緻密な計算よりも略算に重きを置いていたことについて書いた。ただ、そこで採り上げた二人の"略算"は、同じ略算でもニュアンスの違いがあるので補足しておきたい。

内藤多仲から引用したものは、構造計画の大切さであったり構造計算で桁を間違えるような致命的なミスを犯さないことが肝要であるといったりしたやや抽象的、一般的なレベルでの話であるのに対して、サルバドリーの方はもっと具体的、実務的なレベルでの話である。

サルバドリーの提案した略算式と言えば、差分法なんかよりも以下の式が構造設計者の間でお馴染みのものではないだろうか。

Salvadori_eq1.jpg

これは、はりの横座屈のところで出てくる式であり、鋼構造の教科書には大抵載っているものである。とは言っても、教科書ではこの式の出所までは示していないものが大半である。規準や指針だと、該当箇所に文献番号が示されていて、その番号を辿るとサルバドリーに行き着くことになる。

本文中にサルバドリーの名前まではっきり書いているのは、鋼構造塑性設計指針(最近改定されたものではなく古い方の本)の柱の章(6 章)くらいだろうか(はりの章(5 章)では脚注のみ)。但し、ここ(6 章)では柱を対象に上記の式の逆数の形が与えられている(文献 1 p.121)。

 等価曲げモーメント係数 CM は、軸圧縮力と強軸曲げをうける H 形断面柱の弾性曲げねじれ座屈の理論解として M.G. Salvadori, C. Massonnet により (6.39)、(6.40)式が示されている。

Salvadori_eq2.jpg

Salvadori_eq3_2.jpg

 図 6.13 はこれらを図示したものであるが、計算の便宜さを考えて、図6.13 中に示されるように線形近似式

Salvadori_eq4.jpg

を用いてよいであろう。上記の等価曲げモーメント係数は、弾性曲げねじり座屈の理論として得られたものであるが、弾塑性域にもこれを拡張適用したものであり、H 形断面はり材の横座屈強度算定に用いる等価曲げモーメント係数 5 章(5.14)式と同じである。

(6.39)式の第二項の符号がマイナスになっているのは、単曲率と複曲率のどちらを正とするかの違いによる。

教科書的な本でも英語で書かれたものにはサルバドリーの名前を挙げているものが結構ある。例えば、筆者が大好きなチェン(W. F. Chen)による文献 2 の 5.5.1 Unequal End Moments には以下の記述がある(拙訳と原文)。

はり端のモーメントの大きさが異なる場合(Fig. 5.13)のはり中間でのモーメントは z の関数となるので、支配微分方程式は各種の係数を有することになる。このため、級数または特殊関数を使用するなどの数値的な手法によって解を求める必要がある。

これは明らかに面倒である。幸い、設計では等価モーメント係数 Cb を用いれば、横座屈強度に及ぼすモーメント勾配の影響を容易に考慮できることがサルバドリーによって示されている。

If a beam is subjected to end moments that are unequal in magnitude (Fig. 5.13), the moment in the beam will be a function of z. Consequently, the resulting governing differential equation will have variable coefficients. Therefore, a numerical procedure, involving the use of series or special functions, is necessary to obtain solutions.

The procedure is, evidently, quite cumbersome. Fortunately, for the purpose of design, it has been demonstrated by Salvadori that the effect of moment gradient on the critical moment can easily be accounted for by the use of an equivalent moment factor Cb.

なお、上記文中の z は材軸方向にとった座標を表している。

以上では、記号や符号の意味や定義の説明を省略して書いたので、鋼構造設計の本を覗いてみたことのない人には何のことやらさっぱり分からないかも知れない。

この"略算式"は似たようなものが幾つか提案されていたり、上にも書いたように、本によって(人によって)符号の定義の違いがあったり、逆数なのに同じような呼び名だったり、AISC LRFD 規準をはじめとっくに使用されなくなっていたりとなかなか興味惹かれるものなので、機会があれば改めて採り上げてみたい。


参考文献

  1. 日本建築学会 : 鋼構造塑性設計指針 1975年11月

  2. W. F. Chen, E. M. Lui : Stractural Stability : Theory And Implementation, Elsevier, 1987.





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2018
12.28

「名人伝」構造編?

Category: その他
学生の時分に友人に薦められて読んだ中島敦の「名人伝」はなかなか面白い話であった。

主人公は、弓の名人となることを目指して大変厳しい修行を積み、その奥義を極めるのだが、極めたはずの弓を持つことを拒むようになり、終には弓の使い方も、弓という名前さえも忘れてしまうのである。

と、そんなことを思い出したのは、ニューマークの数値積分法についての論文の中でサルバドリー(M. G. Salvadori)の名前に出会ったからであった。

ニューマークは、既往の研究の一つとして「サルバドリーの方法(Salvadori's method)」を採り上げている(これについては、後日改めて書くことにしよう)。実は先日の記事でサルバドリーとヘラーの本のことを急に書いてみようと思ったのもその流れからである。

サルバドリーの構造の本と言えば、構造の本質的な内容が数式を用いることなく見事に説明されているのが特徴である。だが、彼の人生の前半は、ある意味それとは真逆と言ってよい数学者としての仕事によって彩られているのである。

望月重氏の「サルバドリーとワイドリンガー・アソシエイツ」(文献 1)にこの辺りのことが出ているので以下に示そう。

 マリオが研究論文を学会に発表したり、また本を出版したりしたのは、コロンビア大学に勤め始めて 7 年間を過ぎてからである。マリオに言わせると、ローマ大学時代のものよりレベルの高いものを発表したかった、と言っている。

 今私の手許にある彼の著書を列記してみると、

1. The Mathematical Solution of Engineering Problem, 1947年
2. Numerical Methods in Engineering, 1952年
3. Differential Equations in Engineering Problems, 1954年
4. Structure in Architecture, 1963年
5. Numerical Methods in FORTRAN, 1964年
6. Structural Design in Architecture, 1967年
7. Mathematics in Architecture, 1968年
8. Statics and Strength of Structures, 1971年
9. Buildings; The Fight against Gravity, 1979年
10. Why Buildings stand up; The Strength of Architecture, 1980年
11. Why Buildings fall down, 1992年
12. Why the Earth quakes, 1995年
13. Earthquake Games, 1997年

である。題目から分かるように、1, 2, 3, 5, 7 の 5 冊が数学関係で、残りの 4, 6, 8, 9, 10, 11, 12, 13 の 8 冊が建築構造関係に大別できる。出版年月から見ると、数学関係が 1947 年から 1968 年の約 20 年の間でマリオが 40 歳から 61 歳まで、建築構造関係が 1963 年から 1997 年の 30 年余りの間で、マリオが 56 歳から死の直前の 90 歳までである。

このことから、前半の 20 年間が応用数学関係で、後半が建築構造関係であるといえる。これは当然なことであって、若いときに理論的な数学を、そして年を取ったら経験的な構造に移っていったと考えられる。

上記の 5 番目に挙げられている "Numerical Methods in FORTRAN" は、日本語版(文献 2)を図書館や古本屋でよく見かけるので、読んだことのある人も多いのではないだろうか(筆者は英語版を所有している)。

前半だけの経歴を見ると、数学者か解析オタクといった印象を持ってしまいそうだが、決してそんなことは無くて、文献 1 にも書かれているように、サルバドリーは構造設計では細かい計算なんかよりむしろ略算の方が大事であると考えていたのである(下記)。

4. の「Structure in Architecture」がコロンビア大学の建築学部の新入生のテキストであるのに対して、6. の「Structural Design in Architecture」は大学院のテキストであった。したがって、前書より後書のほうが学術的で、簡単な数理的表現によっている違いはあるものの内容はほとんど同じであり、両書は姉妹書といえる。

私が「Structural Design in Architecture」を読んで感激したのは、2 次元、3 次元構造の略算式の提案である。わが国の場合、2 次元、3 次元構造の紹介は高度な学術書によるものであって、それは精算式で表されている。しかしながら、建築家そして構造技術者にとって必要なものは、まず精算以上に構造物の性状を理解できる略算である。...

これとは若干文脈が異なるかも知れないが、我が国が生んだ構造の大家である内藤多仲も大体似たような見解である。文献 3 の「建築も生きもの」という文には、以下のように書かれている。

これはひとり建築に限らず、あらゆることに共通していることでもあろうが、その過程が複雑であればあるほど一度振り出しに戻って"大づかみ"にながめてみるということが大切である。

内藤多仲が精度の良くない短い計算尺を敢えて使っていたことについては以前の記事にも書いた通りである。

内藤の「架構建築耐震構造論」などを見ると、緻密な計算による設計法を展開しているので、内藤もサルバドリーと同じで、計算や数学的な理論展開などは得意とするところであったことが分かる。

構造の名人達が高度な計算技術を駆使する代わりに、略算や大づかみのアプローチに重きを置くのは何故だろうか?

一つ考えられるのは、略算によって全体の性状を押さえることは大きな失敗を避けることに繋がるということである。構造物は精密機械ではないし、その特性は幸か不幸か非線形性を有している。よく分からない地盤の上に建つよく分からない材料からなる構造物が予測できない荷重に襲われる。そのような状況では、全体への影響が小さい細かい計算に気を取られる方が危険を招く可能性がある、、、、というのが筆者なりの解釈である。

この名人技のミソは、プロセス自体は比較的平易というところにある。なので真似しない手はない。筆者も"大づかみ"計算をやってみたり、計算に入る前の"そもそも論"で頭に汗をかくように努めたりしている。そのようにして出てきた結果をどのように解釈するかが名人と凡人で大きく異なるのだろうけど。。。


参考文献

  1. 望月重:サルバドリーとワイドリンガー・アソシエイツ 建築技術 2000年2月

  2. J. M. マコーミック/M. サルバドリー共著 清水留三郎訳:FORTRAN による数値計算プログラム サイエンス社 1974年

  3. 内藤多仲:日本の耐震建築とともに 雪華社 1965年





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