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建築構造学事始

参考文献を追加

先日の記事では、最大瞬間風速から平米あたりの風荷重を概算する式を紹介した。この式が出ている本が手許に無いので、同記事には参考文献を載せていなかった。

そのことがちょっと気になっていたので、久しぶりに大型書店に行ったついでにこの式の出ている本を建築関連の棚で捜してみた。端から順に見ていくと、、、意外にも割とすぐに見つけることができた。

それが文献 1 である。新品が売られているが、出版はかなり古い本のようである。この本の p.203 にくだんの式が出ているので、(いないとは思うけど)興味のある人は参照されたし。使われている単位は、kg/m2ではなく、mmH2O であるが、これらの単位の換算係数は 1 なので式は同じである。

また、別の記事では、建築構造史の年表について引用したが、参考文献を示していなかった。この年表が載っているのは、文献 2 である。

建築構造史の年表と言えば、今年の 4 月にお亡くなりになった佐藤邦昭氏の「鋼構造の設計」(文献 3)では、鋼構造を中心とした構造史の説明に最初の数ページが割かれていて、1945年以降の年表(のようなもの)も載っている。この年表には日本の人口、GNP など共に粗鋼生産の推移を示す折れ線グラフも書き込まれている。

文献 1 は、立ち読みしただけ。文献 2 と 3 は所有しているので、表紙の写真を載せておこう。。。

art187_fig1.jpg


参考文献

  1. 金谷英一/石黒一郎/池田静治/成瀬哲生/桜井美政:建築環境学概論 明現社 1984年

  2. 日本建築学会:建築雑誌・第133集・1712号 2018年6月

  3. 佐藤邦昭:新編 鋼構造の設計 鹿島出版会 1993年12月




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M. サルバドリー / R. ヘラー共著 「建築の構造」 の紹介

今回は、サルバドリー(M. Salvadori)とヘラー(R. Heller)の書いた「建築の構造」という本(望月重 訳)を紹介しよう。日本語版の初版は昭和43年(1968年)とかなり古い本だが、現在でも大型書店に行けば新品が売られているので比較的入手し易い本である。

筆者がこの本を購入したのは、材料力学や構造力学を勉強し始めたばかりの頃だったと思う。H 形鋼は、H の向きに置いて使用するものだと思っていたくらいだから、弱軸や強軸はおろか断面二次モーメントについてもちゃんと理解していなかったことが伺える。もちろん、サルバドリーやヘラーについては全く知らなかった。

古本屋で売られているのをたまたま見つけたのがこの本との出会いである。パラパラと見て図や絵が綺麗なことに好印象を持った。ただ単に綺麗というよりは、日本の同類の本で見る図や絵にはない独特の雰囲気に魅せられたといった方が正確かも知れない。難しい数式も出ていないので、自分のようなレベルの者にも読んで理解できそうに思えたのである。

余談だが、図や絵がきちんと描かれているというのは案外重要なことだと筆者は思っている。建築は芸術だからというだけではなく、構造計算や構造設計でもいい加減な図はいい加減な思考が反映されている場合が多いように思えるからである。あり得ないような図を描いて平然としているなら、内容についての理解も同様に粗雑なものだと思って間違いなさそうである。

それはさておき、構造力学の「こ」の字くらいしか理解していなかった筆者が初めてこの本を読んだ時に印象に残った内容を以下に挙げてみよう。

① 雑巾を絞ると水が出てくるのは?

材料力学を学ぶと、わりとすぐに「せん断」という実生活にあまり馴染みのない何だかよく分からないものが登場する。せん断変形とは、四角形を平行四辺形にするような変形で、せん断応力は斜め方向の圧縮応力と引張応力に置き換えることができるといったあたりがありきたりの説明だろうか。

「建築の構造」もその辺は同様だが、さらにねじりはせん断を生じるとの説明の後に雑巾を絞る話が出てくるのである(5.3 単純せん断)。

捩りはせん断応力を起こすから、それは直交する引張と圧縮に等しいに違いない。主婦が、ぬれたぼろ布を掛ける前に、しぼるとき、この事が真実であるとわかる。捩りは圧縮を起こして、ぼろ布から水分をしぼり出す。

実生活で馴染みのある雑巾を絞ることが、「せん断 → 圧縮 → 水が押し出される」と変換されるという認識は筆者には無かったので、上記の説明は新鮮であった。そのせいか妙に記憶に残っている箇所である。今読むと主語が「主婦」になっているのが気になるが、別の話になってしまうのでそれは置いておこう。

② I 形鋼、H 形鋼はどうしてあのような断面形なのか?

教科書でそこまで書いてあるなら、それはかなり親切な教科書である。「建築の構造」の説明を以下に示そう(7.1 片持梁)。これを読んだ時も「へぇー」であった。

 長方形断面の梁は、梁のファイバーの大部分が許容応力まで応力を受けていないので、明らかに曲げの効率がよくない。すなわち、事実、梁の上・下縁ファイバーだけが許容応力に達しているのに対して、一方、その他のすべてのファイバーは、許容応力以下である。

この非効率性は、梁材料の大部分を、梁の上・下縁の近くにもってゆく事で改善される。薄いウェブで結ばれた、フランジが材料の大部分を占める、I 形梁の断面は、この性質をもっている。

ところで、H 形鋼という名前は、筆者も間違えたように、誤解を生むネーミングだと思われる。英語由来ならまだ仕方ないと諦められるが、英語では W 形( wide flange )なのである(アメリカでの断面の分類については、こちらを参照)。どうせなら、漢字を使って"工"形鋼、またはカタカナを使って"エ"形鋼とでもしておけば良かったのではないだろうか。

③ 片持ちはりが隠れている!

これも些細な内容かも知れないが、当時の筆者には大変興味深く思えたものである。以前の記事でも採り上げた不同沈下に関するものだが、今回はちょっと文脈が異なる。以下にその箇所を再掲する(7.4 曲げの2次応力)。

もし単純支持梁の右支点が、左支点よりも多く沈下すると、梁はヒンジの周りに回転して、この状態に順応する。そして応力を受ける事なく、少し傾斜した状態をとる。もし梁が端部で固定されていると、端部の回転は防がれ、梁は曲がる[図 7.40(b)]。

その梁間中央断面は反曲点を示し、曲げ応力を起こさない。二つの2分された梁は、その先端に荷重をささえている、二つの片持梁のような性質を示す[図 7.40(c)]。

上記の"図 7.40(b)"と"図 7.40(c)"を真似て描いた図を以下に示す。不同沈下した際の両端固定梁は、2つの片持ちはりというわけである。


MS_RH_fig1.jpg

このことから、自由端に集中荷重 P を受ける長さが L で曲げ剛性が EI の片持ちはりのたわみの公式(δ = PL3/(3EI))を使えば、上図の δ を簡単に求めることができる。公式において L を L/2 とし、δ を δ/2 とすれば、

MS_RH_eq1.jpg

となる。

同様に、中央集中荷重を受ける単純支持はりの場合は、片持ちはりを以下のように並べればよい(7.2 単純支持梁)。見やすいように、中央を少し離して描いている。


MS_RH_fig2.jpg

片持ちはりの固定端反力が単純支持はりの中央集中荷重となるのである。片持ちはりのたわみの公式において L を L/2 とし、P を P/2 とすれば、

MS_RH_eq2.jpg

となる。

さらに、中央集中荷重を受ける両端固定はりの場合は、本には出ていないけれど、4つの片持ちはりを以下のように並べればよい。


MS_RH_fig3.jpg

片持ちはりのたわみの公式において L を L/4 とし、P を P/2 とし、δ を δ/2 とすれば、

MS_RH_eq3_2.jpg

となる。

材料力学を現在勉強中の人が、これらのはりのたわみを別々に求めて時間を浪費しているようだったら、このようなアプローチもあることを教えてあげると少しは感謝されるかもしれない。

④ スラブははりでイメージ

板の解説に入る前に交差はりや格子はりで力の流れが説明されていて、そのおかげで板の挙動もすんなりイメージできた記憶がある。交差はりについては以下のように書かれている(10.2 長方形格子梁)。

 直交している2本の梁は、たとえ長さあるいは断面積が異なっていても、それらの交点で同量だけ撓まねばならない。しかしながら、柔な梁と同じように、剛な梁を撓ませるには、より大きな荷重が必要である。それ故に剛な梁は、柔な梁よりも大きな荷重を負担し、2本の梁にかかる荷重は等しくない。

集中荷重を受けている梁の剛性は、梁の長さの3乗に逆比例する。よって全く同じ断面積の2本の梁が、1:2の比率の張間であると、それらの剛性は8:1の比率である。その結果短い梁は荷重の 8/9 を伝え、長い梁は荷重の 1/9 を伝える(図 10.3)。

今読んでも、適切で無駄のない説明だなぁと感心する。上記の "図 10.3" を真似て描いた図を以下に示す。


MS_RH_fig4_2.jpg


⑤ 忘れちゃいけな温度荷重、熱変形

何年か前に参加した「霞が関ビルについて語る夕べ」とでもいう集まり(こちらの記事を参照)では、霞が関ビルの施工を担当された"伝説の人"角田勝馬氏のお話も伺うことができた。

角田氏は、霞が関ビル建設の途上に、立ち上がっていく柱の垂直が計測のたびに狂うという不可解な現象に大いに悩まされたそうである。昨日ちゃんと垂直を確認したのに今日は少し傾いている。修正して漸くオーケーになっても、夕方測りなおすとまた傾いている。これでは建設を続行できないと大問題になったのだそうだ。

この原因は日射であった。日の当たる鉄骨とそうでない鉄骨は異なる伸びを示す。それで計測する時間によって柱の傾きも変わってくるのである。この原因が判明するまでに少なからぬ時間を要したとのことである。

筆者はこの話を聞いた時、最も考えられる原因としてすぐに日射が思い当たった。それは「建築の構造」に描かれている熱変形したビルやドームの絵が脳裏に焼き付いていたおかげである。例えば、以下のような記述のあるページには架構の熱変形の図が示されている(7.4 曲げの2次応力)。

... 高層建築の外柱は、外気の温度が昇ると伸び、一方建物が空調されていると、内柱は伸びない。外柱を内柱に結んでいる、梁の端部は高さが違って、付加曲げ応力が起こる。...

図も模写したいところだが、大変なので省略して、掲載ページが p.119 とだけ記しておく。

伝説の人に僭越なことを書いてしまったが、筆者が角田氏と同じ状況で上記のような解答にすぐに辿り着けるかというと、それは怪しいと思われる。前例の無い事業に携わっていて不可解な現象に出くわしたら、原因はきっと自分の知識の及ばない範囲にあるに違いないと思うのではないだろうか。当事者故の難しさは当事者にしか分からないものだと思うのである。

以上、5つの内容に絞って書いてみたが、筆者の「こ」の字当時の目線で材料力学寄りの内容をチョイスしてあることに注意されたい。「建築の構造」はもっと広範囲の内容について含蓄のある解説がなされているので、実際にご一読されることを推奨する。


超高層ビルのあけぼの

表紙

霞が関ビルの計画から竣工までを子供向けに解説した本である(文献 1)。

子供向けだが、大人が読んでも十分読み応えがある。子供向けということもあって、写真や図が多く掲載されているのが良い。構造が専門でも当時の状況を知らない人であれば「へぇー」と思うであろうことが書かれているので以下に紹介しよう。

目次にある章タイトルは以下の通り。

はじめに
1 なぜ超高層ビルをたてるのか
 東京という大都会
 太陽と緑をとりもどせ!
 九階から三十六階まで
2 超高層ビルは地震がきてもなぜ倒れないか
 木造建築と五重の塔
 鉄とセメントの登場
 地震とたたかうビル
3 台風や火事になぜ大丈夫か
 風速八十二・五メートル
 燃えないビル
 煙にまかれるしんぱいのないビル
4 工事がはじまった
 設計とは.....
 基礎工事
5 鉄骨をつくる
 まっかな鉄がきたえられる
 H型鋼について
 いろいろな実験
 加工工場で
6 鉄骨が立ちはじめる
 鉄骨の組み立て
 トビのおじさん
 モノを上へあげるということ
7 作業のすすめ方
 パート手法
 じぶんであがるタワー・クレーン
8 床をつくる
 デッキプレートのはなし
 コンクリートをうつ
9 地震と火事からまもるために
 耐火被覆
 耐力壁
10 上棟式まで
 いよいよ高くなった
 第九交響曲
11 どうして人を運ぶか
 急行エレベーター
 分割区間エレベーター
12 完成に向かって
13 超高層ビルのあけぼの
あとがき おとなの方々へ

霞が関ビルの技術的トピックスと言えば、H 形鋼の柱、ハニカムビーム、「キ」の字ユニット、スリット耐震壁、といったものが挙げられる。この本でのそれぞれの言及箇所をざっと拾ってみよう。

まずは、H 形鋼の柱について。

 強震計の記録にもとづく、電子計算機のこまかい計算が、くり返し、くり返し、行われた。そして、英語の H の字の形をした、H 型鋼がよかろうと、その形がきまるのにも、長い時間が必要だったのです。

... H 型でなくても、ビルは、たちます。ビルの柱になる鉄骨は、□こういうかっこうの四角な柱でもよいし、+こういうかっこうの、十字型でもよいのです。だが、どれがいちばんよいか - というこになると、いろいろくらべてみなければなりません。

... H 型鋼は、□型や+型、にくらべて、つなぎ目に使うボルトの数が少なくてすむのです。こうしたことも、超高層ビルの場合、ひじょうにたいせつなのです。

現在はボックス柱が主流だが、当時の技術状況だと、総合的に見て H 型柱に軍配が上がったようだ。図には、幅 427、せい 478、ウェブ厚 40、フランジ厚 60の H 型鋼が描かれている。

「H型鋼」と書いているのはちょっと面白い。これはこの本に限らず当時の文献ではそうなっている。いつから「H形鋼」と書くのが主流になったのだろう?

ハニカムビームについては以下。

 梁は、軽くて丈夫なものにするために、95 ページの図のように、穴のあいたものにするときまりました。すなわち、H 型鋼をこのように、デコボコに切っていきます。そのデコボコの、つき出た方、つまりデコ、の方を溶接してつなぐと、六角形の穴があいたことになります。

... この梁は、ハニカム・ビーム(有孔梁)と呼ばれています。この穴の形は、なにかに似ていませんか。そう - ミツバチの巣にそっくりです。だから、英語のハニカム(ミツバチの巣) - ビーム(梁)という名で呼ばれるのです。

この後に、ハニカム・ビームは、軽量で強度が大きくてしかも穴にはダクトまで通せるといったことが書かれている。また、光弾性実験の応力分布図の写真が章扉に何気なく掲載されている。

「キ」の字ユニットについては以下。

 いままでのビルだと、ビルをたてる現場で、柱と柱を、まず立てて、その柱の間へ、けたばりを、ボルトで、あるいはリベットという鋲で、とりつけるのが、ふつうです。つまり、右と、左の、二か所で、とりつけることになります。

 しかし、霞が関ビルの場合は、加工工場で、あらかじめ、柱の中心として、カタカナの「キ」の字のまん中の棒をまっすぐにしたような形に、けたばりをとりつけてしまいます。この「キ」の字を、二つあわせると、けたばりが、できます。

 すなわち、けたばりの、まん中の、一か所だけつなげばよいということになります。おわかりでしょうか。ふつうのビルなら、二か所でつなぐ作業をしなければならないのですが、霞が関ビルでは、一か所つなげばよいだけになります。

 三十六階ものビルをたてるのですから、現場でする作業を、できるだけ少なくしないと、たてるのに時間がかかりすぎるのです。十階のビルをたてるのに、一年半かかるとすれば、霞が関ビルは三十六階あるのですから、約四倍の六年ちかくかかる勘定になります。そんなにかかっては、たまりません。二年半でたてなければなりません。


これは藤森照信氏の講演で伺った話だが、桁梁が二段(二重梁)になっているのは柱で H 形を採用したことに関係がある。武藤清は H 形柱の弱軸、強軸をどちらに向けるべきかかなり悩んだそうで、梁間に向けたり桁に向けたり何度か変更したそうである。桁梁を二段にすることでようやく現在の向きに落ち着いたのである。

スリット耐震壁については以下。

... 大きな地震がきたとき、このビルの鉄骨は、固有周期が、約五秒ですから、倒れないけれどもゆらゆら、ゆれます。あまりゆれると、これはだれでも気持ちがわるい - それを、あまりゆれないように、地震の力を、この壁に、ある程度、ひきうけさせてしまおう、というのが、耐力壁の考え方です。

そこで、どんな壁であればよいか - この壁は、おそろしくつよいだけでも困るのです。おそろしくつよくて、力を加えると、バリンと、おせんべいを割ったようにこわれる壁だと、そのショックで、まわりの鉄骨に、大きな力を与えてうごかしてしまいます。上の階と下の階の鉄骨に、ちがった力が加えられ、バランスが狂ってくるのです。

上の方の階で、そういうことになると、柱が、ゆがむかもしれないのです。ばか力だけつよくても、困るというわけです。だからといって、むやみによわいと、少しの力でこわれるし、地震力を、やわらかくうけ流すことに、なんの役にもたちません。

そうなると、つよすぎもしない、よわすぎもしない、いってみれば、ねばりのある壁をつくるのがいいということになります。そこで、いくつもスリット(すきま)がはいった壁を、つくることになりました。スリットは、ゆとりといってもいいかもしれません。

つまり、地震のものすごい力でゆさぶられたとき、そのすきま - スリットがあるおかげで、そのすきまが、ゆさぶられるだびに、ちぢまったり、ひろがったりして、地震の力をすいとってしまうのです。

... 壁は壁でも、ただの壁ではない、ただ防火に役にたつだけではない、大地震のときに、じょうずににこわれて、地震の力が、鉄骨にまで及ぶのを防ぐばかりか、上の方へ伝わろうとする地震の力を、おとろえさせてしまう役目をする、まことに、たいせつな壁だということになりましょう。

高層建築の先達として、五重塔について触れている部分が結構ある。以前の記事で、武藤清は霞が関ビルの設計の際に五重塔を参考にしたとは言っていないという藤森照信氏の談話を紹介した。

だが、そのようなことを知らずにこの本を読むと、「霞が関ビルには五重塔の技術が生かされているんだ」と思ってしまうような書き方がされている。かなりの注意力と洞察力のある人なら以下の文を見逃さないかもしれない。

ビルは、塔ではない - 中の広さといい、高さといい、塔とくらべれば、問題にならない大きさです。

大部分の人はこの部分はさらりと読み進めて記憶に残らないのではないだろうか。記憶に残るのは、霞が関ビルと五重塔とはよく似ているといったイメージの方ではないだろうか(それが間違っているわけではないが)。

また、五重塔については以下のような記述もある。

 いちばん高い、京都・東寺の塔は、高さが五十六メートルですから、丸ビルより、なんと二十メートル以上も高い - が、これも倒れたことがありません。しかも、ぜんぶ、木でできているのです。考えてみると、これは、すばらしいことです。

 私たちの祖先は、むかしから、ちゃんと、地震にもこわれない方法を、しかも、木造建築で、考えていたのです。


だが、文献 2 には、五重塔の耐震性が高いのは昔の大工が意図的に耐震的に作ったからではなくて、たまたまそうなっただけであろうと書かれている。そこまでの慧眼であれば、風で吹き倒されないように配慮するはずだし(四天王寺の五重塔は1934年の室戸台風で倒壊して木端微塵になった)、法隆寺金堂の軒も垂れることはなかったはずだという意見である。梅村魁氏も同意見であったとして以下のように書かれている。

この本を書くために、耐震工学の大先生でいらっしゃった梅村魁先生の講演を調べていたら「五重塔などでも地震に強くあろうとして、ああいうものができたのではなく、たまたまああいうふうな地震に対して、ひじょうに有利な構造ができあがっていた」という一節があり、意を強くしました。

「超高層ビルのあけぼの」を読んでいて他にも気になったことがないではない。霞が関ビル以前の「高さ31m 規制」の背景についての説明である。景観の保護と耐震性に配慮しての規制と書かれているが、文献 3 には、規制の第一義は、通風や採光の確保、(耐震も含まれるがもっと総合的な意味での)都市防災にあったと書かれている。耐震性に配慮してというのは、後年関東地震が起こった際に付与された後付けの理由である。

この本はずっと以前に古本屋でたまたま見つけて購入したものである。この本の題名とよく似た「超高層のあけぼの」という映画があるが、おそらくそちらの方が有名だろう。

残念ながら筆者はまだ映画の方は見たことが無い。ただ、当時の建築業界をよく知る人たちの間ではあまり評判がよくないらしい。何でも「H 型鋼」や「柔構造」は霞が関ビルの建設において発明されたかような描かれ方になっているらしい。実際に視聴して裏を取っているわけではないので、又聞きをこれ以上書くのはやめておこう。機会があれば、この映画も見てみたい。

参考文献

  1. 武藤清 岩佐氏寿 : 少年の科学 超高層ビルのあけぼの 鹿島研究所出版会 昭和43年

  2. 坂本功 : 木造建築を見直す 岩波新書 2000年

  3. 竹山謙三郎 : 高さ100尺制限と震度0.1はどうして決ったか 建築雑誌 75、1960年




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建築構造を生業とする者です。

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