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建築構造学事始

減衰は減衰?

減衰の扱いは難しい。ノウハウ的なこともあるが、それ以前に減衰についての知見が昔からあまり進んでいないということがある。そのためなのかは知らないが、「減衰」という言葉からしてどうもちゃんと定義されていないようである。

以前、減衰についてちょっと頭を整理しておこうと思って調べた際に分かったのは、本によって(人によって)2パターンの「減衰」の"定義"が存在するということである。

一つ目の"定義"の例としてチョプラ(A. K. Chopra)の本の該当部分を示すと以下の通り(文献 1、p.7)(拙訳と原文)。

振動の振幅が徐々に小さくなっていく過程を減衰 と呼ぶ。

The process by which vibration steadily diminishes in amplitude is called damping.

減衰とは「振動が小さくなっていく過程」なのである。振動が小さくなっていく現象そのものと言い換えてもよさそうだ(これを第一の定義と呼ぶことにする)。

では、もう一方の"定義"はどうかというと、現象ではなく作用となっているのである。その一例としてメイトク先生の本の説明箇所を以下に示そう(文献 2、p.4)。

... また、実際の構造物の振動では、質量および剛性のほかに、振動エネルギーを消費して振動を減少させる減衰(damping)の作用を考慮する必要がある。

こちらは、振動が小さくなるという現象を引き起こす何かのことを言っているので、要因やその度合い(性能)と言い換えてもよさそうだ(これを第二の定義と呼ぶことにする)。

日本建築学会から出ている荷重指針(文献 3、p.447)では、意識的か無意識にかは分からないが、2つの"定義"を包含したような説明がされている。

 振動が時間の経過とともに小さくなる現象を「減衰」と称し、その度合いは一般に「減衰定数」によって表される。減衰が大きい構造物ほど、地震動のような外乱を受けたときの応答は小さくなる傾向がある。

最初の文では、減衰とは振動が小さくなっていく現象であると説明されている。それをそのまま次の文に適用すると、"減衰が大きい構造物" とは、"振動がすぐに小さくなる構造物" であるから、「振動がすぐに小さくなる構造物ほど応答は小さくなる」となる。

これではトートロジーである。なので2つ目の文にある"減衰"は、第二の定義の"減衰"と読むべきなのだろう。

自宅にある栄養学の本を読んでいたら、一般的には同じような意味で使われる栄養と栄養素という言葉を栄養学ではきちんと区別して使用するということが書いてあった(栄養とは、生きていくために必要な物質を摂取して活用する営み全体のことであり、栄養素とは摂取する物質のことなのだそうである)。

現状二つの定義がある(と筆者には思える)減衰という言葉は、栄養学で言う"栄養"に相当し、第二の定義である性能や要因としての減衰が"栄養素"に相当する.... と言えるかもしれない。

第二の定義を"減衰能"や"減衰因"といった減衰とは別の言葉で呼び、減衰の方はもっと広範な意味を持つ言葉であるとする方が混乱しなくて良いように思える。

あるいは、第一、第二の定義を明確に違う言葉で呼ぶという方法も考えられる。北村センセイの本はこのような意識を持って書かれているようである(文献 3、p.111)。

 地震動などの動的外乱を受けた建物は、外乱がおさまれば建物の揺れも徐々に小さくなり、最終的には静止する。このように振動振幅が時間とともに減少していくことを減衰現象と言い、建物も何らかの減衰性能をもっている。...


参考文献

  1. Anil K. Chopra : Dynamics of structures, Theory and Applications to Earthquake Engineering. Prentice Hall, Englewood Cliffs, NJ, 1995.

  2. 柴田明徳 : 最新 耐震構造解析 森北出版 1981年

  3. 日本建築学会 : 建築物荷重指針・同解説 2004年

  4. 北村春行 : 性能設計のための建築振動解析入門 彰国社 2002年




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光譜とは?

前回までの記事の内容はちょっと具体的過ぎて、まだ続きを書いていたのだがさすがにお腹いっぱいという感じがしてきたので、今回は一転してどうでもよい話を書いてみよう。。。

今年の初め、年が明けてまだあまり経っていない頃だったと思うが、IT 関連のニュースサイトを見ていたら、某 I 社製の CPU に脆弱性が見つかったとの記事が載っていた。何でもこの脆弱性を悪用することで、外部から本来アクセスできないメモリにアクセスして情報を盗み出すといったことができるようになるのだそうである。

見つかった脆弱性の種類には幾つかあって、そのうちの 2 つはメルトダウン(Meltdown)とスペクター(Spectre)という名前の脆弱性に分類されるのだそうだ。詳細は素人の筆者にはチンプンカンプンだが、この件を受けて I 社の株価は急落したそうだから、コンピュータの世界は何に足元を掬われるか予見するのも難しい恐ろしい世界であることはよく分かった。

記事を読みながら何か引っ掛かりを感じていたのだが、その違和感が記事の内容とは全く関係の無いところから来ていると分かるのに少し時間がかかった。

違和感の正体はスペクターの綴りなのであった。

Specter と書かれていれば特に気にならなかっただろうが、er ではなく re となっている。末尾の re が筆者の無意識的視覚を刺激したようだ。末尾が re となっているのは何か理由があるのだろうか?

イギリス人の書いた英語を読んでいると、末尾が re と綴られているもの(center ではなく centre のように)によく出くわす(いや、そもそもこちらが本家なのだろうが)。

Online Ethymology Dictionary の -re の説明を見ると以下のようになかなか面白い説明が出ている。

word-ending that sometimes distinguish British from American English. In the U.S., the change from -re to -er(to match pronunciation) in words such as fibre, centre, theatre began late 18c; under urging of Noah Webster(1804 edition of his speller, and especially the 1806 dictionary), it was established over the next 25 years. The -re spelling, like -our, however, had the authority of Johnson's dictionary behind it and remained in Britain, where it came to be a point of national pride, contra the Yankees.

Despite Webster's efforts, -re was retained in words with -c- or -g-(such as ogre, acre, the latter of which Webster insisted to the end of his days ought to be aker, and it was so printed in editions of the dictionary during his lifetime). The -re spelling generally is more justified by conservative etymology, based on French antecedents. It is met today in the U.S. only in Theatre as an element in the proper names of entertainment showplaces, where it is perhaps felt to inspire a perception of bon ton.

アメリカ人のウェブスター(Noah Webster)が発音に合うように er と綴るべきと主張したが、イギリスではこの書き方は浸透しなかった。アメリカ人(ヤンキー)とは逆のことをするのがイギリス人のプライドなのだそうだ。関西人がどこでも関西弁で通そうとするメンタリティーと似ているのかもしれない。

また、re のルーツはフランス語にあるのでハイソ(bon ton)なイメージを与える、とも書かれている。下品な言葉使いを詫びる時は Excuse my French と言うのだから随分と両極端である。イギリス人の屈折した感情の表れかもしれない。

ずっと以前の記事でジョサイアコンドルの呼び方がコンダーでないことに疑問を呈したが、ひょっとすると Condre と綴ることに関係があるのかも知れない。ローマ字読みすればコンドルに近くなるし、イギリス人独特のくぐもった発音ならコンダーよりコンドルと聞こええなくもない。推測でドイツ語読みと書いたがこれは間違いだったか。。。

ところで、この spectre の綴りを見ていると、ひょっとしてこの言葉はスペクトルと関係があるのではないかと思えてきたのでちょっと調べてみた。というのも、英語では単数形はスペクトラム(spectrum)、複数形はスペクトラ(spectra)なのになぜ日本語ではスペクトルと言うのだろうと以前から何となく気になっていたのである。

Online Ethymology Dictionary で spectrum の説明を見てみると、予想通り specter と近い関係(そのものと言ってよいくらい)の言葉であることが分かる(下記)。

1610s, "apparition, specter," from Latin spectrum (plural spectra) "an appearance, image, apparition, specter," from specere "to look at, view" (from PIE root *spek- "to observe"). Meaning "visible band showing the successive colors, formed from a beam of light passed through a prism" first recorded 1670s. Figurative sense of "entire range (of something)" is from 1936.

見えるものや見ることを意味し、"光のスペクトル"は 1670 年代から使われだしたそうである。比喩的な意味の"(何かの)全範囲"は 1936 年からなのでかなり新しい。この情報からだけでは推測の範囲を出ないが、上記の「コンドル仮説」と同様、specter ならぬ spectre が日本語での呼び方:スペクトルの由来かもしれない。

Spectrum に限らず、単数形が -um、複数形が -a の単語はラテン語由来である。建築の分野だけで(芋蔓式に)思いつくものを挙げてみると結構たくさん見つかる(下記)。

アトリウム(sg. atrium, pl. atria)
オーディトリアム(sg. auditorium, pl. auditoria)
アクアリウム(sg. aquarium, pl. aquaria)
プラネタリウム(sg. planetarium, pl. planetaria)
サナトリウム(sg. sanatrium, pl. sanatria)
などなど。。

力学関連だと、釣合い(sg. equilibrium, pl. equilibria)、連続体(sg. continuum, pl. continua)、地層(sg. stratum, pl. strata)(これは地盤関連か)なんてものも思い出す。大体どれも単数形の呼び方が採用されている。複数形で思い付くのは(建築には関係ないが)アジェンダくらいだろうか。

普通、日本語では単数と複数の違いは意識されない。この点は英語などに比べると雑な言語である。以前の記事のタイトルで「建物たち」と言う表現を使ったが、名詞の複数に"たち"を付ける手法は大江健三郎を真似たものである。

一方で日本語にはカタカナがあるので外来語を柔軟に採り込めるというメリットがある。余り安易にカタカナ表記で取り込むと言葉が冗長になったりするので諸刃の剣でもあるのだが。

スペクトルを漢字で表すとしたらどんな漢字を持ってくるのがよいだろうか?

つらつらと考えてみたものの良い漢字を思いつかないので中国語でなんと呼ぶか調べてみると、「光譜」という字が当てられていたので感心してしまった。

「光」という字は意味を限定する嫌いがあるが、この言葉の歴史を反映しているし、「譜」という字と組み合わされて"光の譜面"といったものがイメージとして頭に浮かんでくる。なかなかの名訳ではないだろうか。


力と応力と応力度

「力」や「応力」についてちゃんと説明するのは案外難しい。ここでは「力」や「応力」の意味は一先ず置いておいて、建築構造分野でのこれらの用語の使われ方をちょっと眺めてみようかと思う。

応力は単位面積当たりに作用する力であり、力を長さの二乗で割った次元を持つ。対応する英語は stress である。はり部材などでは、応力を断面にわたって積分したものを合応力(resultant stress)と呼ぶ。

合応力は、断面に作用する軸力、せん断力、曲げおよびねじりモーメントということになるが、紛らわしいことにこれらはしばしば応力と呼ばれることもある。"合"を付けて呼ぶのが段々面倒になったのだろうか?

合応力は断面に作用するという意味では「断面力」でもある。両者を足し合わせたような「断面応力」という言葉が使われている文献もある。

文献 1 によると、この紛らわしい「応力」の使用は、建築分野特有の慣例であるらしい(土木の人は使わないの?)。91ページの脚注には以下のような説明が出ている。

一般に、断面力 M(曲げモーメント)、N(軸方向力)というべきところを、断面力のかわりに応力ということが、建築学の方面では慣例になっているので、ここでは、慣例に従った。

「許容応力度設計法」というように、規準や指針などの条文では応力の代わりに「応力度」という言葉が通常使用される。上記の慣例から生じる混乱を避けるためにそのようにしているのだろうと思っているが、このことは何か公的な文書で確かめた訳ではないので間違っているかもしれない。

英語では許容応力度設計法を Allowable Stress Design と呼び、頭文字を取って ASD と略される。アメリカの AISC から出ているいわゆる Green Book(文献 2 )は、許容応力度設計規準である1)

一方、AISC 360(文献 3)の方には、ASD と LRFD の二つの設計法が併記されている。但し、こちらの ASD は Allowable Strength Design であり、設計式は応力度ではなく力で記述されていることに注意したい(間違えて"許容応力度設計"と訳しているものを時々見かける)。

LRFD での設計式は、力の次元を持つ荷重と抵抗を比較する形で記述される。AISC 360では、LRFD と併記するに及んで ASD の設計式も力での記述に変更されているのである(AISC 360 の別名は Unified Spcification である)。

但し、ASD を従来の応力度での評価に戻すこともできる。文献 3 の Chapter B (Commentary) には、strength を stress の形式へと書き直すのは容易であると書 かれている(以下 拙訳と原文)。

... Strength と stress という語は、available strength の計算に断面特性が入っているか否かを反映していることに注意されたい。殆どの場合、本仕様では stress ではなく strength を使用している。どの条文も stress の書式に書き直すのは容易である。...

... It should be noted that the terms strength and stress reflect whether the appropriate section property has been applied in the calculation of the available strength. In most instances, the Specification uses strength rather than stress. In all cases it is a simple matter to recast the provisions into a stress format. ...

要するに、応力度を求めたいなら断面積で割るなどの処理を行えばよいのである。

さて、今度は構造解析寄りの本である文献 4 を覗いてみると、第二章の "2-3 変位法と応力法" では、応力を未知関数として問題を解く方法が応力法と呼ばれている。それはよいが、対応する英語として force method と書かれていて、ここでも紛らわしい状況が生まれているのである。

こちらはドイツ語経由の話になるが、小野薫が執筆を担当している文献 5 の「複式汎論」第二章の"第3節 架構の一般的解法"には、

尚 Kraftmethode, Deformationsmethode の譯語應力法、變形法は京都帝國大学の鷲尾氏に従ったものである

と、鷲尾健三がドイツ語の kraftmethode に応力法の訳語を当てたことが書かれている (この本は索引が全てドイツ語!)。Kraftmethode は英語なら上記の force method である。

ふつう理系人間は次元には敏感である。それなのにこのようないい加減とも思える用語の使用がまかり通っているのは何故であろうか?

よく分からないが、筆者が連想したのは、オブジェクト指向プログラミングで出てくるポリモーフィズムという概念である。ポリモーフィズムでは、関数などの定義をきっちり規定しまうのではなく、敢えてあいまいにしておいて文脈から解釈させる余地を残しておくのである。

次元の違いが本質的には問題にならない場合はあいまいさが都合の良いこともある。英語の文献でも force と呼ぶべきところを stress と読んでいるものもある。例えば、文献 62) には部材内の応力(stress in a member)の例として、トラス部材内の引張力(total tension)、はり部材の曲げモーメント(bending moment)とせん断力(transverse shear)を挙げている(p.767 "Notation" の記号 "S" の説明)。

工学の専門用語というのは仲間内だけで共有されていることが結構あるように見受けられるので、厳密に定義されない用語も多いのかも知れない。この辺は数学用語とは違うところなのかな。。。


1) 文献 7 によると、ASD Manual の初版は 1927 年 12 月であり、9th edition, 2nd Revision の方は 1995 年発行となっている。

2) この論文は、カスチリアーノの定理を一般化したエンゲッサーの研究を、ウエスタガードが約 50 年後に掘り起こして紹介したものである。


参考文献

  1. 成岡昌夫ほか:骨組構造解析 コンピュータによる構造工学講座 II-1-B 日本鋼構造協会編 培風館 1971年

  2. AISC Manual of Steel Construction, Allowable Stress Design, Ninth Edition

  3. ANSI/AISC 360-16 An American National Standard, Specification for Structural Steel Buildings, July 7, 2016

  4. 驚津久一郎 : エネルギ原理入門 有限要素法の基礎と応用シリーズ3 培風館 1980年

  5. 吉田宏彦 伊部貞吉 井坂富士雄 小野薫:高等建築字 第4巻 構造力字1、常磐書房 1941年

  6. H. M. Westergaard : On the method of complementary energy and its application to structures stressed beyond its proportional limit, to buckling and vibrations, and to suspension bridges, Proccedings of the American Society of Civil Engineers, Vol. 68, No. 2, Transaction No. 107, p. 765-793, 1942.

  7. Historical Review of AISC Manual 1927 to 1995, Summary of All Printings of "AISC Manual of Steel Construction"



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