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2018
03.29

光譜とは?

Category: 用語
前回までの記事の内容はちょっと具体的過ぎて、まだ続きを書いていたのだがさすがにお腹いっぱいという感じがしてきたので、今回は一転してどうでもよい話を書いてみよう。。。

今年の初め、年が明けてまだあまり経っていない頃だったと思うが、IT 関連のニュースサイトを見ていたら、某 I 社製の CPU に脆弱性が見つかったとの記事が載っていた。何でもこの脆弱性を悪用することで、外部から本来アクセスできないメモリにアクセスして情報を盗み出すといったことができるようになるのだそうである。

見つかった脆弱性の種類には幾つかあって、そのうちの 2 つはメルトダウン(Meltdown)とスペクター(Spectre)という名前の脆弱性に分類されるのだそうだ。詳細は素人の筆者にはチンプンカンプンだが、この件を受けて I 社の株価は急落したそうだから、コンピュータの世界は何に足元を掬われるか予見するのも難しい恐ろしい世界であることはよく分かった。

記事を読みながら何か引っ掛かりを感じていたのだが、その違和感が記事の内容とは全く関係の無いところから来ていると分かるのに少し時間がかかった。

違和感の正体はスペクターの綴りなのであった。

Specter と書かれていれば特に気にならなかっただろうが、er ではなく re となっている。末尾の re が筆者の無意識的視覚を刺激したようだ。末尾が re となっているのは何か理由があるのだろうか?

イギリス人の書いた英語を読んでいると、末尾が re と綴られているもの(center ではなく centre のように)によく出くわす(いや、そもそもこちらが本家なのだろうが)。

Online Ethymology Dictionary の -re の説明を見ると以下のようになかなか面白い説明が出ている。

word-ending that sometimes distinguish British from American English. In the U.S., the change from -re to -er(to match pronunciation) in words such as fibre, centre, theatre began late 18c; under urging of Noah Webster(1804 edition of his speller, and especially the 1806 dictionary), it was established over the next 25 years. The -re spelling, like -our, however, had the authority of Johnson's dictionary behind it and remained in Britain, where it came to be a point of national pride, contra the Yankees.

Despite Webster's efforts, -re was retained in words with -c- or -g-(such as ogre, acre, the latter of which Webster insisted to the end of his days ought to be aker, and it was so printed in editions of the dictionary during his lifetime). The -re spelling generally is more justified by conservative etymology, based on French antecedents. It is met today in the U.S. only in Theatre as an element in the proper names of entertainment showplaces, where it is perhaps felt to inspire a perception of bon ton.

アメリカ人のウェブスター(Noah Webster)が発音に合うように er と綴るべきと主張したが、イギリスではこの書き方は浸透しなかった。アメリカ人(ヤンキー)とは逆のことをするのがイギリス人のプライドなのだそうだ。関西人がどこでも関西弁で通そうとするメンタリティーと似ているのかもしれない。

また、re のルーツはフランス語にあるのでハイソ(bon ton)なイメージを与える、とも書かれている。下品な言葉使いを詫びる時は Excuse my French と言うのだから随分と両極端である。イギリス人の屈折した感情の表れかもしれない。

ずっと以前の記事でジョサイアコンドルの呼び方がコンダーでないことに疑問を呈したが、ひょっとすると Condre と綴ることに関係があるのかも知れない。ローマ字読みすればコンドルに近くなるし、イギリス人独特のくぐもった発音ならコンダーよりコンドルと聞こええなくもない。推測でドイツ語読みと書いたがこれは間違いだったか。。。

ところで、この spectre の綴りを見ていると、ひょっとしてこの言葉はスペクトルと関係があるのではないかと思えてきたのでちょっと調べてみた。というのも、英語では単数形はスペクトラム(spectrum)、複数形はスペクトラ(spectra)なのになぜ日本語ではスペクトルと言うのだろうと以前から何となく気になっていたのである。

Online Ethymology Dictionary で spectrum の説明を見てみると、予想通り specter と近い関係(そのものと言ってよいくらい)の言葉であることが分かる(下記)。

1610s, "apparition, specter," from Latin spectrum (plural spectra) "an appearance, image, apparition, specter," from specere "to look at, view" (from PIE root *spek- "to observe"). Meaning "visible band showing the successive colors, formed from a beam of light passed through a prism" first recorded 1670s. Figurative sense of "entire range (of something)" is from 1936.

見えるものや見ることを意味し、"光のスペクトル"は 1670 年代から使われだしたそうである。比喩的な意味の"(何かの)全範囲"は 1936 年からなのでかなり新しい。この情報からだけでは推測の範囲を出ないが、上記の「コンドル仮説」と同様、specter ならぬ spectre が日本語での呼び方:スペクトルの由来かもしれない。

Spectrum に限らず、単数形が -um、複数形が -a の単語はラテン語由来である。建築の分野だけで(芋蔓式に)思いつくものを挙げてみると結構たくさん見つかる(下記)。

アトリウム(sg. atrium, pl. atria)
オーディトリアム(sg. auditorium, pl. auditoria)
アクアリウム(sg. aquarium, pl. aquaria)
プラネタリウム(sg. planetarium, pl. planetaria)
サナトリウム(sg. sanatrium, pl. sanatria)
などなど。。

力学関連だと、釣合い(sg. equilibrium, pl. equilibria)、連続体(sg. continuum, pl. continua)、地層(sg. stratum, pl. strata)(これは地盤関連か)なんてものも思い出す。大体どれも単数形の呼び方が採用されている。複数形で思い付くのは(建築には関係ないが)アジェンダくらいだろうか。

普通、日本語では単数と複数の違いは意識されない。この点は英語などに比べると雑な言語である。以前の記事のタイトルで「建物たち」と言う表現を使ったが、名詞の複数に"たち"を付ける手法は大江健三郎を真似たものである。

一方で日本語にはカタカナがあるので外来語を柔軟に採り込めるというメリットがある。余り安易にカタカナ表記で取り込むと言葉が冗長になったりするので諸刃の剣でもあるのだが。

スペクトルを漢字で表すとしたらどんな漢字を持ってくるのがよいだろうか?

つらつらと考えてみたものの良い漢字を思いつかないので中国語でなんと呼ぶか調べてみると、「光譜」という字が当てられていたので感心してしまった。

「光」という字は意味を限定する嫌いがあるが、この言葉の歴史を反映しているし、「譜」という字と組み合わされて"光の譜面"といったものがイメージとして頭に浮かんでくる。なかなかの名訳ではないだろうか。



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2017
11.25

力と応力と応力度

Category: 用語
「力」や「応力」についてちゃんと説明するのは案外難しい。ここでは「力」や「応力」の意味は一先ず置いておいて、建築構造分野でのこれらの用語の使われ方をちょっと眺めてみようかと思う。

応力は単位面積当たりに作用する力であり、力を長さの二乗で割った次元を持つ。対応する英語は stress である。はり部材などでは、応力を断面にわたって積分したものを合応力(resultant stress)と呼ぶ。

合応力は、断面に作用する軸力、せん断力、曲げおよびねじりモーメントということになるが、紛らわしいことにこれらはしばしば応力と呼ばれることもある。"合"を付けて呼ぶのが段々面倒になったのだろうか?

合応力は断面に作用するという意味では「断面力」でもある。両者を足し合わせたような「断面応力」という言葉が使われている文献もある。

文献 1 によると、この紛らわしい「応力」の使用は、建築分野特有の慣例であるらしい(土木の人は使わないの?)。91ページの脚注には以下のような説明が出ている。

一般に、断面力 M(曲げモーメント)、N(軸方向力)というべきところを、断面力のかわりに応力ということが、建築学の方面では慣例になっているので、ここでは、慣例に従った。

「許容応力度設計法」というように、規準や指針などの条文では応力の代わりに「応力度」という言葉が通常使用される。上記の慣例から生じる混乱を避けるためにそのようにしているのだろうと思っているが、このことは何か公的な文書で確かめた訳ではないので間違っているかもしれない。

英語では許容応力度設計法を Allowable Stress Design と呼び、頭文字を取って ASD と略される。アメリカの AISC から出ているいわゆる Green Book(文献 2 )は、許容応力度設計規準である1)

一方、AISC 360(文献 3)の方には、ASD と LRFD の二つの設計法が併記されている。但し、こちらの ASD は Allowable Strength Design であり、設計式は応力度ではなく力で記述されていることに注意したい(間違えて"許容応力度設計"と訳しているものを時々見かける)。

LRFD での設計式は、力の次元を持つ荷重と抵抗を比較する形で記述される。AISC 360では、LRFD と併記するに及んで ASD の設計式も力での記述に変更されているのである(AISC 360 の別名は Unified Spcification である)。

但し、ASD を従来の応力度での評価に戻すこともできる。文献 3 の Chapter B (Commentary) には、strength を stress の形式へと書き直すのは容易であると書 かれている(以下 拙訳と原文)。

... Strength と stress という語は、available strength の計算に断面特性が入っているか否かを反映していることに注意されたい。殆どの場合、本仕様では stress ではなく strength を使用している。どの条文も stress の書式に書き直すのは容易である。...

... It should be noted that the terms strength and stress reflect whether the appropriate section property has been applied in the calculation of the available strength. In most instances, the Specification uses strength rather than stress. In all cases it is a simple matter to recast the provisions into a stress format. ...

要するに、応力度を求めたいなら断面積で割るなどの処理を行えばよいのである。

さて、今度は構造解析寄りの本である文献 4 を覗いてみると、第二章の "2-3 変位法と応力法" では、応力を未知関数として問題を解く方法が応力法と呼ばれている。それはよいが、対応する英語として force method と書かれていて、ここでも紛らわしい状況が生まれているのである。

こちらはドイツ語経由の話になるが、小野薫が執筆を担当している文献 5 の「複式汎論」第二章の"第3節 架構の一般的解法"には、

尚 Kraftmethode, Deformationsmethode の譯語應力法、變形法は京都帝國大学の鷲尾氏に従ったものである

と、鷲尾健三がドイツ語の kraftmethode に応力法の訳語を当てたことが書かれている (この本は索引が全てドイツ語!)。Kraftmethode は英語なら上記の force method である。

ふつう理系人間は次元には敏感である。それなのにこのようないい加減とも思える用語の使用がまかり通っているのは何故であろうか?

よく分からないが、筆者が連想したのは、オブジェクト指向プログラミングで出てくるポリモーフィズムという概念である。ポリモーフィズムでは、関数などの定義をきっちり規定しまうのではなく、敢えてあいまいにしておいて文脈から解釈させる余地を残しておくのである。

次元の違いが本質的には問題にならない場合はあいまいさが都合の良いこともある。英語の文献でも force と呼ぶべきところを stress と読んでいるものもある。例えば、文献 62) には部材内の応力(stress in a member)の例として、トラス部材内の引張力(total tension)、はり部材の曲げモーメント(bending moment)とせん断力(transverse shear)を挙げている(p.767 "Notation" の記号 "S" の説明)。

工学の専門用語というのは仲間内だけで共有されていることが結構あるように見受けられるので、厳密に定義されない用語も多いのかも知れない。この辺は数学用語とは違うところなのかな。。。


1) 文献 7 によると、ASD Manual の初版は 1927 年 12 月であり、9th edition, 2nd Revision の方は 1995 年発行となっている。

2) この論文は、カスチリアーノの定理を一般化したエンゲッサーの研究を、ウエスタガードが約 50 年後に掘り起こして紹介したものである。


参考文献

  1. 成岡昌夫ほか:骨組構造解析 コンピュータによる構造工学講座 II-1-B 日本鋼構造協会編 培風館 1971年

  2. AISC Manual of Steel Construction, Allowable Stress Design, Ninth Edition

  3. ANSI/AISC 360-16 An American National Standard, Specification for Structural Steel Buildings, July 7, 2016

  4. 驚津久一郎 : エネルギ原理入門 有限要素法の基礎と応用シリーズ3 培風館 1980年

  5. 吉田宏彦 伊部貞吉 井坂富士雄 小野薫:高等建築字 第4巻 構造力字1、常磐書房 1941年

  6. H. M. Westergaard : On the method of complementary energy and its application to structures stressed beyond its proportional limit, to buckling and vibrations, and to suspension bridges, Proccedings of the American Society of Civil Engineers, Vol. 68, No. 2, Transaction No. 107, p. 765-793, 1942.

  7. Historical Review of AISC Manual 1927 to 1995, Summary of All Printings of "AISC Manual of Steel Construction"




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2017
11.05

強度と耐力

Category: 用語
「強度」と「耐力」という言葉は、なんだか似たようなかんじの言葉である。それぞれどういう意味で何が違うのだろうか?

正確な定義は指針などに出ているが、字面だけを見ても「その心」は分かりにくい。「その心」を知るには、規準や指針を作った人たちが書いたものを読んでみるのが参考になる。

例えば、「強度」については、小野薫、田中尚共著「建築物のリミットデザイン」に以下のような記述がある(第 3 章 材料安全率の追放)。

 我々が力学を知らない原始人である場合を想像した時、一本の橋についての強度の知識は「嘗て二人一緒に渡って折れた事があるから一人づつ渡ろう」とか「前に二人で渡った時折れたからもう少し太い橋をかけよう」とかいう経験であろう。その場合橋の強度は「二人乗ったら折れるが一人なら大丈夫」という荷重の大きさで認識し、応力の大きさについての知識は全然持っていない。

このように構造物の強さを乗せうる荷重によって計るという極めて素朴な考え方は材料力学や弾性学の絢爛たる力学体系の発展の陰にかくれて現在殆んど忘れ去られている。

 然しながら構造物の強度を支持しうる荷重の大きさで計るという考え方は、素朴なだけに明快に材料安全率による現行設計法の不合理さを曝露すると共に、終局荷重設計法(ultimate load design)の合理性を主張するだろう。

材料安全率に基づく許容応力度設計というモノサシを使うなら、材料の引張試験や圧縮試験を行ってその試験結果に基づいて強度を決めればよい。だが、「材料強度=建物の強度」であるかというと、そうではないだろうというのが上記の部分の言わんとするところである。

建物の強さとは材料レベルの話ではなくて、部材レベル以上の話であるはずだ。現在、終局強度型の設計指針などでは、応力度ではなく部材や断面力に基づいて強度を考えるようになっているのをご存知かと思う。

次に「耐力」であるが、こちらも材料レベルの話ではなくて建物の耐力の話である。

強度と何が違うのかについては、梅村魁著「震害に教えられて」にある以下の記述が参考になる(p.47 "アメリカの情報に刺激され")。

 一九五〇年当時にかえって、私は鉄筋コンクリート骨組の終局耐力の問題に日夜取り組むことになった。終局強度という言葉を、終局耐力という言葉に変えたのは、強度の最高値だけでなく、それに伴う変形の問題を合わせて考える意味からである。

これは、耐爆設計を考えた場合に構造物の抵抗力と変形能力を合わせて考える、すなわち、吸収エネルギーを考えることで解決がついた経験により、耐震構造設計でも変形を考えに入れることが必要だと思ったからである。

「耐力」には、力というよりエネルギーのニュアンスがあるのである。同書には以下の記述もある(p.20の(注))。

 文中で使う用語で、少し専門的であるが、世の中ではあまりはっきり区別されていないように思う「終局強度」と「終局耐力」について、私なりに区別して使っていることにご注意頂きたい。

 終局強度は、建物や部材の外力に対する最大抵抗力(降伏点)を意味し、一般に建物はその最大抵抗力を発揮した後塑性変形を起こし、いわゆる粘り現象を呈し、抵抗力は低下しないまま、エネルギー吸収の大きな部分を占める。さらに変形が大きくなると、この抵抗力は低下する。このような塑性変形の部分も含め終局耐力と呼ぶことにしている。

 終局強度といっても、必ずしも最高抵抗力がはっきり認められない場合も多いし、終局耐力といっても、その粘りの形はさまざまであるが、概観的に差のあるところをご了解頂きたい。そして耐震構造の設計で、一九八一年の新耐震設計法までは、終局強度が計算の対象であり、新耐震設計法で具体的に終局耐力が取り入れられている。

上記の説明を読むと、荷重-変形関係における"背の高い三角形"は、"背の低い三角形+四角形"とイコールであるという耐震設計で当たり前のように出てくる話もかなり時間をかけてたどり着いた認識であることが分かる。



参考文献

  1. 小野薫、田中尚:建築物のリミットデザイン 改訂増補版 理工図書 1958年(昭和33年)4月

  2. 梅村魁:震害に教えられて 耐震構造との日月 技報堂出版 1994年4月




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