2017
11.25

力と応力と応力度

Category: 用語
「力」や「応力」についてちゃんと説明するのは案外難しい。ここでは「力」や「応力」の意味は一先ず置いておいて、建築構造分野でのこれらの用語の使われ方をちょっと眺めてみようかと思う。

応力は単位面積当たりに作用する力であり、力を長さの二乗で割った次元を持つ。対応する英語は stress である。はり部材などでは、応力を断面にわたって積分したものを合応力(resultant stress)と呼ぶ。

合応力は、断面に作用する軸力、せん断力、曲げおよびねじりモーメントということになるが、紛らわしいことにこれらはしばしば応力と呼ばれることもある。"合"を付けて呼ぶのが段々面倒になったのだろうか?

合応力は断面に作用するという意味では「断面力」でもある。両者を足し合わせたような「断面応力」という言葉が使われている文献もある。

文献 1 によると、この紛らわしい「応力」の使用は、建築分野特有の慣例であるらしい(土木の人は使わないの?)。91ページの脚注には以下のような説明が出ている。

一般に、断面力 M(曲げモーメント)、N(軸方向力)というべきところを、断面力のかわりに応力ということが、建築学の方面では慣例になっているので、ここでは、慣例に従った。

「許容応力度設計法」というように、規準や指針などの条文では応力の代わりに「応力度」という言葉が通常使用される。上記の慣例から生じる混乱を避けるためにそのようにしているのだろうと思っているが、このことは何か公的な文書で確かめた訳ではないので間違っているかもしれない。

英語では許容応力度設計法を Allowable Stress Design と呼び、頭文字を取って ASD と略される。アメリカの AISC から出ているいわゆる Green Book(文献 2 )は、許容応力度設計規準である1)

一方、AISC 360(文献 3)の方には、ASD と LRFD の二つの設計法が併記されている。但し、こちらの ASD は Allowable Strength Design であり、設計式は応力度ではなく力で記述されていることに注意したい(間違えて"許容応力度設計"と訳しているものを時々見かける)。

LRFD での設計式は、力の次元を持つ荷重と抵抗を比較する形で記述される。AISC 360では、LRFD と併記するに及んで ASD の設計式も力での記述に変更されているのである(AISC 360 の別名は Unified Spcification である)。

但し、ASD を従来の応力度での評価に戻すこともできる。文献 3 の Chapter B (Commentary) には、strength を stress の形式へと書き直すのは容易であると書 かれている(以下 拙訳と原文)。

... Strength と stress という語は、available strength の計算に断面特性が入っているか否かを反映していることに注意されたい。殆どの場合、本仕様では stress ではなく strength を使用している。どの条文も stress の書式に書き直すのは容易である。...

... It should be noted that the terms strength and stress reflect whether the appropriate section property has been applied in the calculation of the available strength. In most instances, the Specification uses strength rather than stress. In all cases it is a simple matter to recast the provisions into a stress format. ...

要するに、応力度を求めたいなら断面積で割るなどの処理を行えばよいのである。

さて、今度は構造解析寄りの本である文献 4 を覗いてみると、第二章の "2-3 変位法と応力法" では、応力を未知関数として問題を解く方法が応力法と呼ばれている。それはよいが、対応する英語として force method と書かれていて、ここでも紛らわしい状況が生まれているのである。

こちらはドイツ語経由の話になるが、小野薫が執筆を担当している文献 5 の「複式汎論」第二章の"第3節 架構の一般的解法"には、

尚 Kraftmethode, Deformationsmethode の譯語應力法、變形法は京都帝國大学の鷲尾氏に従ったものである

と、鷲尾健三がドイツ語の kraftmethode に応力法の訳語を当てたことが書かれている (この本は索引が全てドイツ語!)。Kraftmethode は英語なら上記の force method である。

ふつう理系人間は次元には敏感である。それなのにこのようないい加減とも思える用語の使用がまかり通っているのは何故であろうか?

よく分からないが、筆者が連想したのは、オブジェクト指向プログラミングで出てくるポリモーフィズムという概念である。ポリモーフィズムでは、関数などの定義をきっちり規定しまうのではなく、敢えてあいまいにしておいて文脈から解釈させる余地を残しておくのである。

次元の違いが本質的には問題にならない場合はあいまいさが都合の良いこともある。英語の文献でも force と呼ぶべきところを stress と読んでいるものもある。例えば、文献 62) には部材内の応力(stress in a member)の例として、トラス部材内の引張力(total tension)、はり部材の曲げモーメント(bending moment)とせん断力(transverse shear)を挙げている(p.767 "Notation" の記号 "S" の説明)。

工学の専門用語というのは仲間内だけで共有されていることが結構あるように見受けられるので、厳密に定義されない用語も多いのかも知れない。この辺は数学用語とは違うところなのかな。。。


1) 文献 7 によると、ASD Manual の初版は 1927 年 12 月であり、9th edition, 2nd Revision の方は 1995 年発行となっている。

2) この論文は、カスチリアーノの定理を一般化したエンゲッサーの研究を、ウエスタガードが約 50 年後に掘り起こして紹介したものである。


参考文献

  1. 成岡昌夫ほか:骨組構造解析 コンピュータによる構造工学講座 II-1-B 日本鋼構造協会編 培風館 1971年

  2. AISC Manual of Steel Construction, Allowable Stress Design, Ninth Edition

  3. ANSI/AISC 360-16 An American National Standard, Specification for Structural Steel Buildings, July 7, 2016

  4. 驚津久一郎 : エネルギ原理入門 有限要素法の基礎と応用シリーズ3 培風館 1980年

  5. 吉田宏彦 伊部貞吉 井坂富士雄 小野薫:高等建築字 第4巻 構造力字1、常磐書房 1941年

  6. H. M. Westergaard : On the method of complementary energy and its application to structures stressed beyond its proportional limit, to buckling and vibrations, and to suspension bridges, Proccedings of the American Society of Civil Engineers, Vol. 68, No. 2, Transaction No. 107, p. 765-793, 1942.

  7. Historical Review of AISC Manual 1927 to 1995, Summary of All Printings of "AISC Manual of Steel Construction"




スポンサーサイト
Comment:0  Trackback:0
2017
11.05

強度と耐力

Category: 用語
「強度」と「耐力」という言葉は、なんだか似たようなかんじの言葉である。それぞれどういう意味で何が違うのだろうか?

正確な定義は指針などに出ているが、字面だけを見ても「その心」は分かりにくい。「その心」を知るには、規準や指針を作った人たちが書いたものを読んでみるのが参考になる。

例えば、「強度」については、小野薫、田中尚共著「建築物のリミットデザイン」に以下のような記述がある(第 3 章 材料安全率の追放)。

 我々が力学を知らない原始人である場合を想像した時、一本の橋についての強度の知識は「嘗て二人一緒に渡って折れた事があるから一人づつ渡ろう」とか「前に二人で渡った時折れたからもう少し太い橋をかけよう」とかいう経験であろう。その場合橋の強度は「二人乗ったら折れるが一人なら大丈夫」という荷重の大きさで認識し、応力の大きさについての知識は全然持っていない。

このように構造物の強さを乗せうる荷重によって計るという極めて素朴な考え方は材料力学や弾性学の絢爛たる力学体系の発展の陰にかくれて現在殆んど忘れ去られている。

 然しながら構造物の強度を支持しうる荷重の大きさで計るという考え方は、素朴なだけに明快に材料安全率による現行設計法の不合理さを曝露すると共に、終局荷重設計法(ultimate load design)の合理性を主張するだろう。

材料安全率に基づく許容応力度設計というモノサシを使うなら、材料の引張試験や圧縮試験を行ってその試験結果に基づいて強度を決めればよい。だが、「材料強度=建物の強度」であるかというと、そうではないだろうというのが上記の部分の言わんとするところである。

建物の強さとは材料レベルの話ではなくて、部材レベル以上の話であるはずだ。現在、終局強度型の設計指針などでは、応力度ではなく部材や断面力に基づいて強度を考えるようになっているのをご存知かと思う。

次に「耐力」であるが、こちらも材料レベルの話ではなくて建物の耐力の話である。

強度と何が違うのかについては、梅村魁著「震害に教えられて」にある以下の記述が参考になる(p.47 "アメリカの情報に刺激され")。

 一九五〇年当時にかえって、私は鉄筋コンクリート骨組の終局耐力の問題に日夜取り組むことになった。終局強度という言葉を、終局耐力という言葉に変えたのは、強度の最高値だけでなく、それに伴う変形の問題を合わせて考える意味からである。

これは、耐爆設計を考えた場合に構造物の抵抗力と変形能力を合わせて考える、すなわち、吸収エネルギーを考えることで解決がついた経験により、耐震構造設計でも変形を考えに入れることが必要だと思ったからである。

「耐力」には、力というよりエネルギーのニュアンスがあるのである。同書には以下の記述もある(p.20の(注))。

 文中で使う用語で、少し専門的であるが、世の中ではあまりはっきり区別されていないように思う「終局強度」と「終局耐力」について、私なりに区別して使っていることにご注意頂きたい。

 終局強度は、建物や部材の外力に対する最大抵抗力(降伏点)を意味し、一般に建物はその最大抵抗力を発揮した後塑性変形を起こし、いわゆる粘り現象を呈し、抵抗力は低下しないまま、エネルギー吸収の大きな部分を占める。さらに変形が大きくなると、この抵抗力は低下する。このような塑性変形の部分も含め終局耐力と呼ぶことにしている。

 終局強度といっても、必ずしも最高抵抗力がはっきり認められない場合も多いし、終局耐力といっても、その粘りの形はさまざまであるが、概観的に差のあるところをご了解頂きたい。そして耐震構造の設計で、一九八一年の新耐震設計法までは、終局強度が計算の対象であり、新耐震設計法で具体的に終局耐力が取り入れられている。

上記の説明を読むと、荷重-変形関係における"背の高い三角形"は、"背の低い三角形+四角形"とイコールであるという耐震設計で当たり前のように出てくる話もかなり時間をかけてたどり着いた認識であることが分かる。



参考文献

  1. 小野薫、田中尚:建築物のリミットデザイン 改訂増補版 理工図書 1958年(昭和33年)4月

  2. 梅村魁:震害に教えられて 耐震構造との日月 技報堂出版 1994年4月




Comment:0  Trackback:0
2017
05.24

ヒンジの回転能力とは?

Category: 用語
前回の記事で部材の破断について書いた序に鋼構造物の塑性ヒンジの「回転能力」について触れておこう。

部材の破断を免れてもヒンジが安定的に回転してくれなければ想定通りの崩壊形にはならない。回転能力とは読んで字の如くヒンジが安定的に回転する能力のことである。

構造物が崩壊機構を形成するまでヒンジが順次形成されるわけだから、一番初めにできたヒンジは最後のヒンジができるまで頑張らなくてはならない。一番初めに生まれたヒンジは大変である。

橋梁のように比較的不静定次数が低い構造物とビルのように不静定次数が大きな構造物のヒンジでは要求される回転能力も異なると言えそうである。ヒンジは自分が生まれ落ちたコミュニティー(?)に応じて、時に理不尽さに耐えつつ役割を果たさなくてはならないのである。

余談はこのくらいにして AISC LRFD(文献 1)に示される回転能力の説明部分を以下に示そう(拙訳と原文)。

回転能力: 与えられた断面形が局部破壊するまでに受容可能な増分回転角であり、R = (θup) - 1 で定義される。ここに、θu は係数倍荷重到達時までに得られる総回転であり、θp は M = Mp に弾性論を適用して得られる回転である。

Rotation capacity: The incremental angular rotation that a given shape prior to local failure defined as R = (θup) - 1 where θu is the overall rotation attained at the factored load state and θp is the idealized rotation corresponding to elastic theory applied to the case of M = Mp.

AISC LRFD では、圧縮材と曲げ材の断面は、フランジやウェブの幅厚比に基づいてコンパクト断面、ノンコンパクト断面、スレンダー要素断面といった断面にランク分けされる。コンパクト断面とノンコンパクト断面の境界は回転能力が 3 に相当するものとして規定されている。

はりであれば横補剛間隔もヒンジの回転能力に影響する因子である。鋼構造塑性設計指針(初版)の"5.2 横方向補剛材の間隔"には以下のような記述がある(文献2、p.90)。

曲げモーメントが低下しはじめるときの回転角を θmax とし、R = (θmaxp) - 1 を回転能力を表す係数とし、....

「回転能力」という用語はこちらに倣ったものだが、この言葉は現在では使われない方向にあるようである。最近改定されたばかりの鋼構造塑性設計指針(第3版)(文献 3)の上記の部分は書き換わっており、回転能力という言葉は出てこない。また、"1.8 用語"に出ている関連用語を示すと以下の通り。

塑性率:外力により塑性化した部材の変形(回転角)を全塑性耐力時の弾性変形(回転角)で除した値。

塑性変形倍率:部材の塑性率から弾性成分を減じた値であり、本指針では、完全弾塑性部材を考慮して弾性成分は 1.0 とする。


第1章の"1.5 塑性設計の耐震設計への適用"では、鋼構造塑性設計指針に従うと塑性変形倍率は3以上が確保されることが謳われている。

本指針の2版においては、各制限値を満足することで単調載荷時の塑性変形倍率 R がおおむね3以上となることが確認できており、3版においても基本的にその制限値を示している。

"2014 年度 鋼構造塑性設計小委員会 第2回 議事録(案)"には以下のような推敲についての記述がある。

「変形性能」と「変形能力」の表現については、「変形性能」に用語を統一する。

これは、同じ意味で言い回しが異なっていて混乱するというコメントに答えたものである。

こちらは座屈指針の方だが(2015 年度 第4回 鋼構造座屈設計小委員会 議事録)、委員の間でこれらの用語について認識の統一が図られたことが記されている(5章についてのコメント)。

p.25, 16行目の「塑性変形能力を塑性率と呼ぶこともあるが,・・・」は塑性変形能力 = R, 塑性率 = μ で, 同じではないと思います。また、R は塑性変形倍率ではないでしょうか? → 塑性率は μ, 塑性変形倍率 R = μ - 1, 塑性変形能力は広義の表現。

議事録を読むと、指針の記述がどのような議論を経て定まってきたかが分かってなかなか面白い。


参考文献

  1. AISC Manual of Steel Construction: Load and Resistance Factor Design, Second Edition, LRFD, 2nd Edition, Volume I Structural Members, Specifications, and Codes, 1994

  2. 日本建築学会 : 鋼構造塑性設計指針 1975

  3. 日本建築学会 : 鋼構造塑性設計指針 第3版 2017





Comment:0  Trackback:0
back-to-top