2017
05.31

想定外の壊れ方をした建物たち(その2 RC造、SRC造編)

Category: 耐震工学
1995年1月17日に発生した兵庫県南部地震では、先日書いた S 造だけでなく、RC 造建物も多く崩壊している。ピロティ形式の建物の一階が潰れるという"従来通りの"壊れ方だったものもあれば、中高層建物の中間層が崩壊するというそれまでの日本の地震では見られなかった新しい形態の被害も多く発生している。

兵庫県南部地震で中間層崩壊した建物としておそくら最も有名なのが神戸市庁舎(神戸市役所第二庁舎)ではないだろうか。兵庫県南部地震関連の書籍を開くと必ずと言っていいほどこの市庁舎の被害写真が掲載されている。有事の時こそ機能することが望まれる市庁舎が無残に壊れたのだから、建築関係者だけでなく一般市民にも大きな衝撃を与えたと想像される。

文献 1 には「個別事例」としてこの建物が採り上げられている。図面などは比較的詳しく出ているが、層崩壊についての分析は殆ど示されていない。

設計者もこのように崩壊することは全く想定していなかったようである。文献 2 にこの辺りのことが書かれているので以下にそれを示そう(p.24 "みなし"との決別)。

阪神大震災。私が設計した神戸市庁舎にも、"みなし"が入っている。しかし大地震を受け、片方は大した高層でもないのにもろくもつぶれ、もう一方(筆者注:ポートタワーのこと)は細長くてすっと高いのに、今も平然として建っている。

なぜポートタワーは壊れなかったのか。それは、"みなし"をカバーする設計になっていたからである。"みなし"はあったが、"みなし"が保証されるような設計をしてあった。が、市庁舎は、その当時広く行きわたっていた設計法をそのまま使った。右に倣えで"みなし"を持ち込み、そして壊れた。

神戸市庁舎には耐震壁がある。地震が来たときに心棒になるような大きな壁であるが、実験をしていろいろ調べてみると、その壁に斜めに亀裂が入る、そして壊れるという結果が出た。にもかかわらず、地震で壊れた耐震壁を見ると、水平に切れている。見事に水平に切れているので、手前の壁の亀裂から、向こう側が見える。

在来型の設計手法では、水平に切れるというようなことはありようがないとされてきた。しかし、それも"みなし"によるもの。骨組みを解くときの誤った"みなし"が思いもしない結果につながったのである。


実験で壊した耐震壁の写真も掲載されている(p.27 「神戸市庁舎の耐震壁破壊実験」)。頂部中央付近に下向きにかかる荷重(Pmax = 126 TON とある)の作用線を挟んで概ね左右対称に亀裂が入っていることが見て取れる。残念ながらその写真をここには掲載できないので、興味のある方は直接参照願いたい。写真のキャプションだけ以下に示しておく。

神戸市庁舎耐震壁破壊実験 第一次施行 昭和30年9月
B1 供試体

実際の構造物は、理論通りにもならなければ理想的な条件で行われた実験の結果通りにもならない。十分配慮して設計したつもりでも足元をすくわれるのだから恐ろしい。

構造力学は構造を理解する上で基礎となる内容であるから構造系の人は必ず学ぶと思う。だが、実際に設計を行うに及んで構造力学的な認識は無力である場面も多い。

思いつくものを挙げてみると、せん断スパン比などもそうである。20 世紀初頭にタルボット(A. N. Talbot) が数多くの RC はりの実験を行ってせん断スパン比がせん断強度に影響することを指摘している(文献 3)。せん断スパン比は現在でも設計上重要なパラメータであるが、構造力学はこれについて合理的な説明を与えてくれない。

同じように RC 柱のせん断強度も構造力学的には不可解である。地震時の柱の曲げモーメントは線形分布でせん断力は一定である。曲げモーメントは上端と下端で最大、中間でゼロである。軸力は下端の方が大きい。そうすると応力的に厳しいのは下端ということになるが、実験結果はこの理屈を支持するだろうか?

閑話休題。再び設計者の話を見ていこう。文献 4 には、地震後間もない頃の設計者へのインタビュー記事が掲載されている(「日建設計に聞く神戸市役所旧庁舎の被害 旧耐震設計法の弱点が狙われた」から部分的に引用)。

中間層の崩壊の中でも特に目を引いたのが、神戸市役所旧庁舎(第二庁舎)だ。38 年前、当時の最高の技術力を結集して完成させた建物も、今回の地震には抗し切れなかった。... 日建設計の青柳司常務に、現時点で考えられる崩壊理由を設計者の視点から語ってもらった。

竣工は昭和 32 年

 神戸市役所旧庁舎は昭和 30 年に設計し、32 年に完成した。従って、新耐震設計法以前の旧耐震設計法に従った建築だ。今回の 6 階部分の破壊は、その旧耐震設計法のウィークポイントを突かれたという印象が強い。ただし、これは実際の調査結果に基づいた結論ではなく、あくまで現段階での推測に過ぎないことを断っておきたい。

上記の"旧耐震設計法のウィークポイントを突かれた"の具体的な内容が以下。

中間層で入力と耐力の差が最大

 旧設計法では、... 設計用地震力は、1 階で最大、最上階で最小となりほぼ直線的に減少していく。建物の実際の耐力は、設計用地震力よりもずっと余裕を持たせてある。... ところが実際の地震動の入力は、耐力の描く曲線とは異なり、外に膨れた曲線を描きながら減っていく。直線的に減るのではなく、なめらかに減っていくわけだ。

このため、中間層付近で入力と耐力の間に大きな開きが出る。つまり、耐力に対して入力の比率が最も大きくなるのが中間層周辺ということだ。旧庁舎が 6 階で崩壊したのも、このような理由によるものと考えている。

この建物は途中で SRC 造から RC 造に代わる。その変わり目の部分が崩壊したのであるが、混合構造であることは崩壊には関係ないとの見解が示されている。

異種構造採用は崩壊と無関係

 旧庁舎は 5 階までが SRC 造で、6 階以上が RC 造となっている。一部に、構造の変わり目が弱点となって崩壊したとの見方があるが、それはないと思う。

 当時の SRC 造に用いられた鉄骨は、アングル材とプレートとをラチス状に組み立てたもので、現在広く使われている H 形鋼などとは異なり強度も乏しい。

旧庁舎に鉄骨を入れたのは、鉄筋をたくさん入れると、コンクリートの回りが悪くなるので、それを避けるために鉄骨を入れ、その後に細い鉄筋をなるべく間隔を空けて入れるためだ。つまり、鉄骨に"束ね鉄筋"のような役目を持たせたわけだ。

 鉄骨だけでは大した強度も期待できないので、計算上も鉄骨を鉄筋と見なして計算している。鉄筋が混まないように鉄骨を入れただけのことで、鉄骨によるせん断耐力は期待していない。

 ちなみに今回、三宮地区の交通センタービルが 5 階が崩壊しているが、あの建物は最上階まで鉄骨が入っていた。この建物の鉄骨も、旧庁舎同様、アングル材を主体としたものだ。この事例からも、鉄骨の有無と中間階の崩壊との関係は薄いと考えている。

上記のインタビュー内容をもとに編集部が作成した入力と耐力の高さ方向分布図や柱の断面図と縦断面図も示されているので、興味のある方は参照願いたい(文献 4、p. 111)。

インタビュー記事はさらに「新旧庁舎の比較」、「新耐震も 100 % 完璧ではない」と続く。「新旧庁舎の比較」では新庁舎(地上 30 階)が無傷だったのは地震の継続時間が短いために共振し得なかったこと、「新耐震も...」では柱が壊れないように設計することが肝要であるといったことが書かれている。

ところで、文献 2 は題名が示すように免震についての本であり、上記の引用部分は本筋ではない。周知の通り免震がその威力を発揮して大いなる注目を浴びたのが兵庫県南部地震なのである。この本を読むと、免震建築を実現させた著者の要求レベルの高さに唯々驚かされる。


参考文献

  1. 日本建築学会:阪神・淡路大震災調査報告 建築編-2 プレストレストコンクリート造建築物 鉄骨鉄筋コンクリート造建築物 壁構造建築物 2000/3

  2. 多田英之:免震の真実 耐震神話の再構築へ 1999/9/15

  3. A. N. Talbot : Tests of Reinforced Concrete Beams: Resistance to Web Stresses. Series of 1907 and 1908, University of Illinois bulletin Volume 29, 1909

  4. 日経アーキテクチュア 516号 1995/3/13





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2017
04.25

想定外の壊れ方をした建物たち

Category: 耐震工学
1995年1月17日に発生した兵庫県南部地震では、先日書いたような塑性解析や塑性設計で暗黙に仮定している挙動を示さなかったと思われる構造物の被害例が数多く報告されている。

一般に、はり降伏型の崩壊が理想的な崩壊形と言われる。この崩壊形を念頭に設計されていれば、過度な地震入力エネルギーは、はり端に形成される塑性ヒンジの回転によって吸収されると見なすのである。

だが、この目論見は見事に外れてしまった。ヒンジができて回転するなんてことはなく、はり端がぷっつり切れてしまった鋼構造物が多く見られたのである。これには当時一線の研究者も足元をすくわれたらしいことが、地震後の関連資料を見ると伺える。

芦屋浜高層住宅の極厚ボックス柱が地震で引きちぎられたことも鋼構造の専門家には相当な衝撃だったようだ。溶接部で切れるならまだしも、母材の所で破断しているのは、まるで人知を嘲笑うかのようである。文献 1 には、破断した柱の切れ目に 100 円玉がはめ込まれた写真が載っている。なんと、柱のくせに 1 cm 以上も隙間がある(浮いている)のである。

文献 2) には、この建物を審査した藤本盛久氏のインタビュー記事が出ている。まだ地震後の調査研究などが行われる前のコメントだが、生々しくて興味深いものなので以下にそれを示そう(文献 2 p.104-105、「藤本 盛久氏(ふじもと もりひさ=東京工業大学名誉教授)に聞く 予想もしなかった芦屋浜の鉄骨破断 S造の権威が語る"猛省"の弁」)。

芦屋浜高層住宅の柱の破断については、どんな感想を持たれましたか。

大変なショックですよ。この住宅事業については、私自身、日本建築センターの評定委員会の部会長を務めた経験があるんです。審査する側からこの事業にかかわったわけです。だから、今回のケースについては、私は被告のような立場ですよ。本当に申し訳ないという気持ちなんです。....

続いて、この建物の建設には当時の最新の技術が注ぎ込まれたことが語られている。

この住宅建設事業は、建設当時、国家的なプロジェクトとしての性格を帯びていましたよね。

その通りです。当初は、こんな大変なプロジェクトが実現できるのかと、私も半信半疑でした。しかし竹中工務店や新日鉄の技術者など、関係者がそれこそ心血を注いで実現させたわけです。

(中略)

我々審査する側も、総力を挙げて取り組みました。当時の建築センターの高層評定委員会の委員長は小堀鐸二さんでしたが、通常、2、3人のスタッフで構成する審査部会を、6、7人に増員しました。念には念を入れてチェックしたわけです。

それにもかかわらず、今度の地震で柱が破断したわけでしょう。幸い、建物が倒壊するとか、犠牲者が出るといったことは起きませんでした。しかし、技術的な観点で見ればやはりショックです。全く予想しなかった破断が起きたわけですからね。

続いて、載荷が準静的ではなかったことへの言及がある。

一般に、鉄骨材料自身に欠陥がなくても、大きな力が急激に加わると脆性的な破壊が起こりうると考えていいのでしょうか。

起こる可能性はあると思います。私は神奈川大学にいたころ、衝撃的、過荷重的な力を繰り返して試験体に加えることができる実験装置を各方面の援助を受けて設置しました。普通の実験装置は油圧でジワジワと力を上げていきますが、この装置は衝撃的な力を瞬時に加えることができるのです。これは、せいぜい 50 トンから 60 トン程度の力しか出ませんでしたが、それでもいろいろと有益な実験ができました。

よくRC造の柱が、地震によって×印型のせん断破壊を起こすことがありますね。従来の油圧で力をかけるタイプの装置ではこれを再現できず、チリヂリの形状で破壊していました。ところが、私どもの実験装置を用いて衝撃的な力で一気に押し切ると×印を再現できるのです。つまり、衝撃的な力を瞬時にかけた時の破壊形状は、ジワジワと力を加えた時の破壊形状とは全く違うのです。

同じ実験をS造の筋かいで実施してみました。通常、材端接合部は弱いので、実験では材端を補強してやりました。そうすると、中央に近い部分でスパッとやられたのです。

筋かいでは実験をおやりになったけれども、芦屋浜のような極厚のボックス柱に同様の実験を実施するのは無理ですね。

そりゃそうですよ。芦屋浜の場合、柱の断面が 50 cm 角で厚さ 5 cm ですからね。柱 1 本当たりの引っ張り強度は、数千トンのオーダーになります。これを衝撃的な力で破断する実験装置などありはしませんよ。

ただし、引っ張り強度が数千トンだと言っても、それは通常の油圧による試験機で、一様な力を徐々に大きくしていった時の話です。今申し上げたように、衝撃的、過荷重的な力が加わり、そのうえどこかに欠陥でもあれば、終局強度に達しなくても欠陥部分を起点にして、脆性破壊を起こす恐れがあるわけです。

この後に、鋼材には脆性破壊は本来起きにくいはずであるとのコメントがある。

とすると、今回の柱の破断は理論的には、十分ありえることだと……。

いや、やはり想像を越えたものですよ。建築用の鋼材には、衝撃力に対する安全性を確認するために、シャルピー衝撃試験というものを実施するのです。これは試験体に V 字形の切り込みを入れ、そこにハンマーを振り下ろして断ち切るものです。これは JIS で定められたもので、機械的性質を調べる重要な試験の一つとして位置付けられています。もちろん、建築用の鋼材もこの試験をパスしてきているわけです。

従って、脆性破壊というものは、鋼材の性質として、本来起こりにくいはずなんです。芦屋浜では異常な大きな力が、異常な速さで加わり、それこそ有無を言わさず柱を断ち切った。今のところはそのようにしか考えられません。

文献 1) には、破断部に当て板のようなものを溶接して応急処置を行った写真も載っている。これは居住者の不安を少しでも和らげようというとりあえずの措置であったのかも知れない。

というのも、居住者には地震後にそのうち倒壊するのではないかと疑われていたようなのである。同書には、「今は昼間 1 時間ほど荷物を取りに帰ってくる。怖くてとても建物内にいることはできない。」とか「住民は自主的に避難している人が多い。」といった住民の声が掲載されている。

文献 1 には、破断した柱(1階の1本、4階の5本)がなくても震度5程度の余震に耐えられることがコンピュータ解析で確認されたと書かれている(p.17)が、もはや住民への説得力はなかったのではないだろうか。


参考文献

  1. 日経アーキテクチュア編 阪神大震災の教訓 「都市と建物」を守るため、いま何をなすべきか 1995/3/30

  2. 日経アーキテクチュア 516号 1995/3/13



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2014
07.23

耐震目的のリーニングカラム?(丸ビルの「耐震シャフト」)

Category: 耐震工学
関東大震災やその後起こった柔剛論争の資料に目を通していると、必ずといっていいほど「丸ビル」についての記述が登場する。東福寺正雄の論文もそうであるし、末広恭二のアメリカ講演の記事(3つめの講演)にも写真入りでこのビルのことが出ている。が、今回話題にするのは、この丸ビルではなくて、このビルを取り壊した場所に建てられた「新しい丸ビル」の方である。

特に興味も無かったこの新しい丸ビルについての"専門資料"を読むことになったのは、古い方の丸ビル(旧丸ビル)について調べていたのがきっかけである。旧丸ビルの解体時の調査結果が、稲田達夫、小川一郎両氏によって報告されているのだが、両氏は新しい丸ビルについての記事も幾つか書かれている(そもそもこちらの方がメインなのだろうが)。

新しい丸ビルが竣工したのは、もう10年以上も前の2002年である。当時、テレビのニュースでも取り上げられていたと記憶している。東京駅のすぐ近くにある地上高さが180mほどの超高層ビルで、筆者も数年前に実際に訪れたことがある。その時は、専門的な観点からこのビルを見た訳ではないので、特に目を引かれるものは無かった。低層部分が旧丸ビルの外観に似せて作られているということにも気付かなかったほどだ。

このビルの構造の特徴は、「耐震シャフト」と呼ばれるちょっと特殊な制震装置が4つ組込まれていることだ。エレベーターシャフトというと、エレベーターが通る筒状の空間のことだが、耐震シャフトも一階から最上階まで、各階の床を貫く細長い空間を有している。

耐震シャフトの平面的なサイズは約3m四方なので、一般的なエレベーターシャフトより若干大きい。4つしかないので一階あたりの床面積に占める割合は小さいと言える。そして、この細長い空間の中心にビル高さとほぼ同じ長さの柱が通っているのである。この柱と各階床はエネルギー吸収材(極低降伏点鋼材)で繋がっていて、柱の上端、下端は共にピンになっている。つまり、前回書いたリーニングカラムによく似ているのである。

この柱が通っているおかげで、地震時に特定の層だけに大きな力が掛かることが避けられる。面白いのは、本来耐震目的ではない(水平地震力を負担しない)リーニングカラムに似ていながら耐震上重要な役割を演じるところである(シャフトは柱の様な棒状のものを意味する時もあるが、耐震シャフトは柱を指しているのではなくて、柱も含めた細長い筒状の装置全体を指しているようである)。

但し、稲田、小川両氏の資料にはリーニングカラムの"リ"の字も出てこないので、特にリーニングカラムからこのような柱を思いついた訳ではないようだ。初めは、間柱形式の制震装置を各階別々に配置するつもりだったそうだが、スペース的にも将来必要になるかもしれない変更への対応上からも不十分だったので、これらの要求を満たす制震装置として耐震シャフトが考案されたそうだ。

先日、五重塔と霞が関ビルの様な超高層ビルを簡単には比較できないと書いたが、耐震シャフトは五重塔の心柱をヒントにして考案されたそうである。「心柱をヒントに」の点は、筆者にはしっくりこないのだが、なにせ設計者自身がそう仰っているので間違いない。谷村康行著「五重塔の科学」という本に小川一郎氏が丸ビルについて語った以下のような言葉が載っている。

「五重塔がなぜ地震に強いかについてはっきりしたことはわからないとはいえ、有力な説として閂説がありました。大きな揺れになろうとするところを心柱が干渉して力を分散させる作用です。私たちはこの効果をビルの中に取り込めないかと考えました」

よく知られているように、Eディフェンスで行われた五重塔の模型実験では、この心柱閂節に有利な結果は得られていない。心柱には地面から浮いているものやそうでないものもあり、塔本体との接続の仕方も一通りではないようだが、耐震シャフトの通し柱とビル本体の関係は、これらの"境界条件"を模擬しようとしているようには見えない。。。しっくりしない理由をあげるとこんなことになろうか。

Geschwindnerによると、リーニングカラムは鋼構造骨組の出始めの頃から既に使われていたそうで、その歴史は古い。耐震を意図したリーニングカラム(のようなもの)も調べてみると、かなり古くからアイデアはあったようである。それは構造物の他の部分よりも剛性を大幅に大きくした柱として提案されていて、配力柱(spreader columns)と呼ばれる(これについては、秋山宏、高橋誠両氏の文献を参照されたい)。このヒントになったのは、ピン支持と見なせる連層耐震壁のようである(勅使川原正臣、岡田恒男両氏の論文など)。

リーニングカラムは主に鋼構造で出てくる構造要素だが、こちらはRC造の層崩壊への対応という流れから出てきているようだ。また、耐震シャフトは高剛性というよりエネルギー吸収材に特徴があるので、配力柱とも着目点が少し異なると言えそうである。


参考文献

稲田達夫、小川一郎、金井宏之:性能型構造設計に関する考察(丸ビルの耐震設計方針)、日本建築学会技術報告集、第6号、1998年
稲田達夫、小川一郎:「新しい丸ビル」の耐震設計、JSSC会誌 No. 43、2002年
秋山宏、高橋誠:損傷分散型多層骨組のDs値、日本建築学会論文報告集、第341号、1984.
勅使川原正臣、岡田恒男:鉄筋コンクリート造建物における連層耐震壁の効果(その3. 2層建物モデル実験による連層耐震壁の地震時負担せん断力)、日本建築学会大会学術講演梗概集、1983.

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