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2013
12.20

断面二次モーメントを英語では何と呼ぶ?

Category: 用語
ティモシェンコ(S. P. Timoshenko)の材料力学の本では、断面二次モーメントに相当する英語として、moment of inertia が使われている。

周知のように、初等力学で習う慣性モーメントも moment of inertia である。

Online Etymology Dictionary の inertia の説明には、未熟、怠慢、無関心などの負のイメージの言葉が並んでいるが、力学でのニュアンスは、“物体が今の状態のままでいようとする性質”とでも言えようか。物理の分野で初めてこの言葉を使ったのは、ケプラーの法則で知られるヨハネス・ケプラー(Johann Kepler)であるらしい(下記)。

inertia (n.)
1713, introduced as a term in physics 17c. by German astronomer and physician Johann Kepler (1571-1630), from Latin inertia "unskillfulness, idleness," from iners (genitive inertis) "unskilled, inactive;" see inert. Used in Modern Latin by Newton (1687). Sense of "apathy" first recorded 1822.

断面二次モーメントも慣性モーメントも、曲りにくさや動きにくさを表しているので、同じ言葉が使われているのだと思うが、不均質な部材では、両者を同じように見なす訳にはいかない。

断面が H 形のプレートガーダーを例に取ると、フランジとウェブで、または上フランジと下フランジで異なる材質の板が使われているなら、そのガーダーの静的な(曲げ)特性と動的な(回転)特性は異なってくる。

であるから、両者とも moment of inertia と呼ぶのが適当とは思えない(ただ、そういったケースはめったにないだろうとは思う)。この点では、日本語のように別の言葉で呼ぶ方が、両者を区別していて望ましいと思われる。

調べてみると、アメリカの鋼構造設計コード AISC でも断面二次モーメントは、moment of inertia であり、隣国カナダの鋼構造設計コード CISC も同様である。

しかし、同じ英語圏でもイギリスの鋼構造設計コード BS5950 では、second moment of area が使用されており、こちらは日本語と同じニュアンスである(日本語はこちらの英語を訳したものか?)。

オーストラリアの鋼構造設計コード AS 4100 も second moment of area を使用しており、これはイギリスが旧宗主国ということが関係しているのかもしれない。



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2013
12.18

剛構造と柔構造をどのように区別する?

Category: 建築構造史
剛構造と柔構造はどのように区別されるのだろうか?

硬いとか柔かいといった表現は、主観的なものであって、きちんとした定義無しに議論で使用できるものではないが、この点を明確にしている資料は多くないようだ。

地動入力を受ける建物を振動論的に捉えるなら、地盤の卓越周期と比較した建物固有周期の大小を基準にして、建物剛性が大きいとか小さいとか言うことができると思われる。

実際、真島健三郎も「耐震家屋構造の選択に就て(1924年)」で以下のように書いているが、この後に続く部分で地盤の卓越周期に触れて、それを1秒位と見てよいだろうとしている(地震の周期をこれ位としてよいのかというのが、柔剛論争の根幹ともいえる) 。

「それでは、如何なる構造を耐震的として選ぶべきでありますか、これについて考察してみたいと思います。家屋構造として地震に対抗しようとするには、およそ二種類あると考えられます。」

「一種は、現今の西洋建築のように、主として壁体を剛強にし、地震動の正面に立って腕づくで対抗しようとするものであります。又一種は、我が寺院とか塔とか、あるいは壁の弱い鉄骨構造のように、多く架構体でたわみやすく、地震動をなるべく避けて通ろうとするものであります。」

「前者の自己振期は、多く1秒以下でありますが、後者は1秒以上であろうと思います。それで私は便宜上、自己振期1秒以下のものを剛性建築、又1秒以上のものを柔性建築と呼んでおきまして、両種の利害について考えてみたいと思います。」

では、岩波の建築学用語辞典の定義はどうかと見てみると、以下のように説明されている。

剛構造(rigid structure):耐震構造の一方式。耐震壁を有効に配置するなどして構造物全体を剛強に構成し、大きな地震力に抵抗させる構造。

柔構造(flexible structure):構造物に作用する地震力を小さくする目的で、剛性を低くし、固有周期が長くなるようにした耐震構造。高層建築物はその一つの例。

辞典にしては随分とあいまいな説明で、最初の疑問には何も答えてくれていない(構造の専門書ではないので仕方ないと言えるが)。また、執筆者は柔剛論争のことが頭にあったのか、地震だけに限定した書き方をしている。これはちょっと頂けない。

例えば、風荷重が相手でも建物の剛性はもちろん問題になる。むしろ風荷重の議論において、剛構造と柔構造をはっきりと定義しているものもある。

日本建築学会の「建築物荷重指針・同解説 2004年版」の風荷重の部分を見ると、ガスト影響係数には建物自身の振動による慣性力の効果(共振成分の項)が考慮されていることが分かる。この効果は、建物剛性が低い方が顕著となる。

アメリカ土木学会の荷重指針である ASCE 7(2010年版)ではこの点がもっと明確で、剛構造と柔構造を区別して、剛構造では共振成分の項を落としたガスト影響係数の式を与えている。その際、建物の一次固有振動数が1 Hz(周期だと1秒)以上か未満かで剛構造と柔構造を区別している。

ガスト影響係数の概念は、カナダのアラン・ダペンポート(Alan G. Davenport)によって1961年に提案されたものであるが、これについてはまた別の稿で書いてみたい。


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2013
12.14

人名について面倒なこと

Category: その他
歴史小説家の塩野七生に“イタリア遺聞”というエッセー集があるが、この中に“人名地名で苦労すること”と題した話がある。ヨーロッパの言語で書かれた書物を読んでいると、他国の人名や地名を自国の呼び方で書いているものが多いので、慣れないうちは戸惑うのだそうだ。その例として、ユリウス・カエサルの名前などを挙げている。

「ユリウス・カエサルも、英語だとジュリアス・シーザーなのに、イタリア語では、ジュリオ・チェーザレとなるからややこしい。」

このブログでも建築構造の歴史について扱っているので、人名については似たような感想を筆者は持っている。Newton ではなくてニュートンのように、人名をなるべく日本語で書きたいと思っているのだが、ニュートンなら問題ないが、はっきりと日本語表記が定まっていない人については、どう書いてよいか悩むのである。

ただ、この問題も幾つかのパターンに分類できるようなので、以下にそれを纏めて整理しておきたい。

1. 英語読み(に近い)か、他の言語か

スイスの生んだ大数学者 Eulerを、英語圏の人は、"ユーラー"と呼ぶ(ように聞こえる)が、日本ではドイツ語読みのオイラーで定着している。先日取り上げたテオドール・フォン・カルマンも、英語読みっぽく書けば、セオドア・フォン・カーマンであろうか。しかし、元々ハンガリー出身で、ハンガリーでは別の呼び方があるらしい。

建築をかじった人なら、ジョサイア・コンドルの名を知らない人はいないだろう。だが、彼はイギリス人であるから、本来コンダーと呼ばれそうなものだが、何故かドイツ語読みのコンドルで定着している。どういう経緯でコンドルになったのか、どうでもいいことだが気になる。

構造家として有名で、「建築の構造」などの良書を多く出していることでも知られるマリオ・サルバドリーは、イタリア人であるから、イタリア語っぽく書くなら、サルバドーリなのだろうが、サルバドリーの呼び方が主流のようだ。

ちなみに、鋼構造の設計を勉強したことがある人なら、はりの設計のところで出てくる“C係数”を知っていると思う。曲げモーメント勾配の影響を統一的に横座屈耐力の式に取り込む役割をするのだが、この“C係数”の形は、マリオ・サルバドリーが提案したものである。

2. 接頭語(?)を付けるかどうか

イタリアの「形而上派」を代表する画家にキリコという人がいる。筆者は彼の作品が好きなのだが、彼は本国ではデ・キリコであって、キリコではないのである。建築家なら、ル・コルビジェという大御所もこの例に含まれる。

フォン・カルマン、フォン・ミーゼス(鋼材の降伏条件で有名)、フォン・ノイマン(ノイマン型コンピュータ(だけじゃないが)で有名)も、ヨーロッパ言語の文献では、必ず“フォン”が付いているが、日本では単にカルマンだったり、ミーゼスだったり、ノイマンだったりする。日本とは言語圏が違うので、“フォン”を付ける感覚はちょっと分かりにくい。ちなみに、フォンとは、“~の出身”という意味があるそうだ。

話が数学になるが、ド・モルガン、ド・モアブル、ド・ロピタルなどもこれに分類される。ド・モルガン、ド・モアブルは必ず“ド“を付けるが、何故かド・ロピタルだけは、“ロピタルの定理”と言うように、“ド”を落とすことがある。これもどうでもいいことだが、統一してもらいたいものだ。

3. 本名よりも通り名、あだ名が有名

サッカー選手や野球選手に限らず、本名でない名前の方が有名な人もいる。2で挙げたル・コルビジェがいい例である。ル・コルビジェの本名の方は、私も記憶していない。

これも数学になってしまうが、3次方程式の解を求めるカルダノの式というのがある。タルタリアが考え出した式を、カルダノが自分のものとして発表したと言われている。この可哀想なタルタリアも本名ではなくあだ名である。(しかも、タルタリアは"吃音"を意味するそうだ。)この話は、数学者の矢野健太郎氏のエッセーに書かれていた話。

4. 姓で呼ぶか、下の名前でよぶか

ファインマンの力学の本に、「ヨハネス・ケプラーはケプラーという姓で呼ぶのに、ティコ・ブラーエはティコという下の名前で呼ぶのは何故かと言われても、単にそういう習慣だから仕方ない。ガリレオは、その点、どちらで呼んでも同じである」といったことが書かれているのを読んだ記憶がある。

これで思い出すのは、ミース・ファン・デル・ローエだ。彼をミースと呼んでいる人は結構いると思うが、ローエと呼んでいる人にはこれまで会ったことが無い。逆に、フランク・ロイド・ライトをフランクと呼んでいる人もまずいないだろう。

5. 呼び方が一つではない

佐野利器の下の名前は、「としかた」だが、英語の文献などでは Riki と書いてあるものが多い。Toshikata だと長くて呼びにくいからそうしたのであろうか。

内藤多仲の下の名は、「たなか」だが、筆者が目を通した英語の文献の殆どが Tachu となっていて、本人以外の書いたものに僅かに Tanaka としているものがある程度だ。Tanaka としても一文字の節約にしかならないのだから、何故敢えて Tachu としたのかよく分からない。

建築構造が専門なら、はり理論のところで“ベルヌーイ・オイラーの仮定”という言葉を聞いたことがあるはずだ。ベルヌーイ家は、「生めば天才」と言われるほど多くの優秀な科学者を輩出しているが、はり理論のベルヌーイは、ヤコブ・ベルヌーイとダニエル・ベルヌーイの二人を指している。これが、本によってはヤコブの代わりに、ジェームスと書いてあるものある。これは呼び方が違うだけで、同じ人である。(ヤコブは、英語読みだとジェイコブだから、1の例でもあることに書きながら気づいた。。)


冒頭に挙げた塩野七生の本には、地名の方が人名よりもさらに扱いが面倒なことが書かれている。興味をもたれた方は、ぜひご一読を。


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