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2014
11.27

震度0.1にまつわる話(8)(「家屋耐震構造論」に出てくる震度)

Category: 地震工学史
今回は、震度 0.1 からちょっと脱線した話である。

「家屋耐震構造論」の「第六章 木造家屋」の「第一節 木造家屋の震害一般」では、木造家屋の被害状況と震度の対応について検討されている。そこでは、大森房吉、今村明恒らの行った調査、研究結果も参考にされたことが書かれている(原文はカタカナ文。読みやすいように一部変更)。

木造家屋被害の一般的性質に関して記述されたるもの少なからず。大森博士著地震学講話、今村博士著地震学、または震災予防調査会報告、建築雑誌等に散見するものこれなり。余またここに震度と災害との関係について卑見を略述せんと欲す。

この後に、「震度 0.1 以内」、「震度 0.2 に達するとき」、「震度 0.3 に達するとき」、「震度 0.4 に達するとき」のそれぞれの震度について、建物のこの部分がこんな風に壊れるといったような具体的な被害状況の説明が与えられている。

順序は前後してしまうが、「第四章 鉄骨造家屋」には、1906 年のサンフランシスコ地震の際のサンフランシスコにおける震度を推定した記述も見られる(「第一節 鉄骨造家屋の既往の震害」の「第一項 構造の種類とその震害」)。

余は当時、中村工学博士に従って加州の震害を調査し、桑港における震度を判定して高所硬地質の辺においては 0.1 を上らざるべく、下町の商業地においては少も 0.2 ないし 0.25 に達したるべきを認めたり。

加州とはカリフォルニア州、桑港とはサンフランシスコのことである。

サンフランシスコ地震は、その発生年内にアメリカ地震学会が発足されるきっかけとなるなど、アメリカの地震学の歴史に重要な意味を持つ地震であるが、以下の記述を読むと、この地震は佐野利器を通してその後の日本の耐震建築の方向性にも大きな影響を与えたことが分かる。

加州震災は吾人に甚だ有益なる教訓を与えたり。鉄骨造家屋の耐震価値に就きては当時いまだ定論なく、消極の論をさへなすものありたり。要するに疑の問題なりき。従って我が煉瓦造はいかにしてこれを耐震的にならしめ得べきかについては確然たる進路なかりき。

吾人は加州震災の経験に依りて吾人の進路を確立するを得たり。即ち煉瓦造石造家屋は鉄骨構造となし、かつその手法を考究改善することによってこれに殆ど完全なる耐震性を与ふるを得べきことを立証するを得たりなり。この点において加州震災は実に吾人の恩者なりと言ふべし。

煉瓦造や石造にどのように耐震性を与えるべきか見当も付かなかったものが、この震災調査によって進むべき道が分かった。その意味でサンフランシスコ地震は恩人であるとまで書いている。

「家屋耐震構造論」が上梓されたのとちょうど同じ頃に佐野は東京駅の構造も手掛けている。この東京駅では鉄骨煉瓦造と言える構造が採用されたのは、上記のような知見が影響したようである。

よく調べた訳ではないので推測になるが、内藤多仲のお家芸である鉄骨を鉄筋コンクリートで包む構造、つまり現在で言うところの SRC 造もアイデアの源流は上記の佐野の見解にあるのかも知れない。

ヨーロッパでは、建築材料が石からコンクリートへ移り、コンクリートを補強する必要から鉄筋コンクリートが出てくるのは自然な流れだが、日本では RC 造が入ってくる( RC も佐野がサンフランシスコ地震で耐震性が高いと見なしたものである)のと同時期に、鉄骨煉瓦造や SRC 造が考案されているのが面白い。

日本では木造軸組建築がメインであったから、煉瓦造石造に鉄骨を組み合わせるという発想が出てきたのであろうか?それが鉄骨の補強に RC を使うことにも繋がったのかも知れない。この辺り、もう少し詳しく調べてみたいが、これは一先ず置いておいて、「家屋耐震構造論」にある木造についての内容を再度取り上げてみたい。というのも、現代の木造建築(主に住宅だが)にも繋がるなかなか興味深いことが書いてあるのである。



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2014
11.23

プリズム状の部材(prismatic member)とは?

Category: 用語
ティモシェンコ(S. P. Timoshenko)の材料力学の教科書に限らず、はりや柱が出てくる構造の専門書で英文で書かれたものを読んでいると、プリズム状の部材(prismatic member)という言葉を目にすることがある。

この prismatic member とは、断面形状や断面特性が材軸方向に一様な部材のことを意味する場合が多いようである。Prism の意味を Oxford Learner's Dictionaries で調べてみると、以下の様な説明が載っている(2つある説明のうちの1つ目のみ記載)。

1 (geometry) a solid figure with ends that are parallel and of the same size and shape, and with sides whose opposite edges are equal and parallel

直訳すると、「端部は平行で形状およびサイズが等しく、向かい合う辺は等しく平行である立体図形」となろうか。

専門書にある説明としては、AISC の Design Guide(設計指針のようなもの)の一つにウェブテーパー部材を対象とした "Design Guide 25, Frame Design Using Web-Tapered Members" のものがある。この Glossary では、以下のように定義されている。

Prismatic member : A member whose geometry and section properties are constant along its length.

冒頭に書いた説明はこれを引用したものである。その際、"意味する場合が多いようである"と書いたのは、特に断面の一様性を強調しないような場面でも使われている例を別の本で見かけたことがあるからである。

Prismatic に"一様"といった意味があることはネイティブには当たり前なのか、他の専門書を見てもあらためて定義されているものが上記のもの以外に見当たらない。

英和辞典を見ると、「角柱」といった訳が出ていたりするが、「角柱のH形鋼」では、「???」とならないだろうか。この言葉に出会ったら、"断面が一様"というニュアンスを思い出してみると理解の一助になるかもしれない。

因みに、テーパー部材のように軸方向に一様でない断面は、non-prismatic member と呼ばれる。


参考文献

RICHARD C. KAEHLER, DONALD W. WHITE and YOON DUK KIM : AISC Steel Design Guide 25, Frame Design Using Web-Tapered Members, 2011

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2014
11.20

構造計算は計算尺で十分?

Category: 地震工学史
建築構造分野に限らず、現代の数値計算の道具と言えば個人で所有しているパソコンが最も身近なものだろう。余程大規模な構造が対象でもない限り、標準レベルのメモリ容量で十分なので、実数変数は倍精度に取るのが普通ではないだろうか。倍精度だと、処理系にもよるが大体 16 - 20 桁の精度である。ちょっとした計算をするのに便利な Excel でも有効桁は15桁もある。

このように計算道具として素晴らしいものが手に入ると、ついつい細かい計算に気が取られてしまいがちだ。また、何やら随分と正確なことをやっているような気になってしまう。しかし、内藤多仲のような一流の構造家は、そのような「木を見る」ことよりも「森を見る」ことの方がはるかに重要であると考えていたようだ。

内藤の「日本の耐震建築とともに」の「計算尺と私」という節には、構造設計の際の計算精度は2, 3桁で十分と、ちょっと驚くようなことが書かれている。それは以下のような書き出しで始まる。

佐野利器先生には特別の思い出がある。大正三年、先生がドイツに留学されたとき、帰国のお土産に十四センチの計算尺をいただいた。私はこの計算尺を今日まで肌身離さずに愛用している。

建物を実際に設計する際には、支柱、梁の寸法、地震や風に対する計算を計算尺一本で求めているとの説明の後に、

いうまでもなく、計算尺では、たかだが二ケタか三ケタの有効数しか求められないが、しかし安心して使用できるものである。さらに、精度を要する数値は他の方法によって求めるが、その必要はめったにない。東京タワーの設計にさいしても、私はこの計算尺によって割り出し大方の設計をやってのけた。

2, 3桁で十分というよりは、そのレベルの計算をやる段階の設計行為が、全体への影響という観点からは重要であるということのようである。これについては、内藤が文化功労者として顕彰された際に、竹山謙三郎が内藤への祝辞として書いた「内藤先生と計算尺」という文が参考になる。

内藤先生とお話したことのある方は、先生が時々胸のかくしから小さい計算尺を取り出して数値を確かめておられるのにお気づきだと思う。(中略)この計算尺には昔からある云い伝えがある。今から25年も30年も前、まだ東海道線を特急富士などが展望車をつけて華かに走っていた頃の話だ。当時先生はビルの構造設計を関西でも沢山手掛けておられたが、その用で大阪へ出張されるときは必ず展望車に陣取って、向こうに着くまでにあの計算尺を使って構造計算を一つ片付けてしまわれたというのである。

当時まだ学校の出たてで、2尺もあろうという計算尺を抜きつれ抜きつれ、何日もかかって曲げモーメントが収斂したとかしないとか云って騒いでいた私達にとっては、率直に云ってこの伝説は解せないことでもあった。というのも当時はラーメン計算法が耐震構造学の中心テーマで、略算法の誤差などがやかましく論ぜられていた頃だったから、あの小さな計算尺で僅か何時間の間にまともな計算ができようとは一寸想像できなかったからである。

長さ2尺(約60cm)の計算尺の精度がどれくらいか未確認だが、たわみ角法を発案したウィルソン(W. M. Wilson)の論文などを見てみると、竹山が書いているように計算尺の精度について細かく検討している部分が確かにある。

竹山の言葉を続ける。

計算尺の秘密が解ったのはそれから何年もの後である。建物の耐震性を支配するものは、平面や、壁の配置や、基礎などの構造計画が圧倒的で、ラーメン計算はほんの気休めのようなものだという事がどうやら解って来てからのことである。内藤先生の耐震構造論は、初めから構造計画の重要性を指摘されたものであった。先生はラーメン計算の方法として最初ポータルメソッドを紹介されて後は、余り深入りをされなかったのではないかと思う。あのラーメン理論万能の時代に一人超然として、始めの信念を持ち続けられた先生は、矢張りほんとの意味の耐震構造学者だと思う。

構造計算よりも構造計画で大方は決まってしまうということのようである。

Robert Reitherman も内藤の設計理論と計算尺は深く関わっているとして、内藤が使用していた計算尺を写真付きで紹介している。その部分を以下に示そう(拙訳)。

地震工学上また構造工学上の未知な要因に対して内藤が持ちあわせた慎重深い判断力は、今日あるべき地震工学にも通じるものである。内藤は地震工学分野の計算手法の発展に貢献した偉大な先達の一人であるあるものの、それらに内在する不確実性について言及しており、また将来発生する地震が構造物に与える影響を正確に計算できるとあまりに容易に思い込んでいる生徒には、そのことを強調して伝えたようである。

「日本では他の地震国と同様、建物全体に作用する自重の少なくとも 0.1 の水平力を考慮することが建築基準によって要求される。しかし、この自重の 0.1 という係数は、過去の経験から決められたものでも将来の発生可能性から決められたものでもない。この地震係数は、関東地震の際に東京帝国大学での地震記録として得られた初めの強震動の加速度がこの程度であったという以外は、十分な根拠は存在しない。」

彼が計算結果の数値をより下位の桁まで読み取り可能な長い計算尺を使わずに、彼の師であった佐野利器から貰い受けた短いもの(14 cm)を使用していたということは、彼が耐震計算における高精度さに信を置いていなかった事実を示すものである。(中略)内藤は有効数字2桁までが耐震計算には適当であり、過度に正確な数字を強調することは、実際に構造物がどのように挙動するかを把握するという欠くことの出来ない作業から設計者の注意を逸らす恐れがあると信じていた。

Reitherman の見解も竹山のものとほぼ同じと見ていいだろう。

ところで、上記の「日本では他の地震国と同様...」の部分に対応する参考文献を見ると、内藤が1939年にフィリピンのサント・トマス大学で行った講演の記録から引用されていることが分かる。実はこの文章は、末広恭二のアメリカ講演の記録にほぼ同じ内容のものがある(このブログの「震度0.1にまつわる話」でも紹介済み)ので、内藤が末広の講演を引用したようだ。内藤の方の原文を以下に示しておこう。

"In Japan, as in other seismic countries, it is required by the building code to take into account a horizontal force of at least 0.1 of the gravity weight, acting on every part of the building. But this seismic coefficient of 0.1 of gravity has no scientific basis either from past experience or from possible occurrence in the future. There is no sound basis for this factor, except that the acceleration of the Kwanto earthqake for the first strong portion as established from the seismographic records obtained at the Tokyo Imperial University was of this order."


参考文献

1. Robert Rietherman : Earthquakes that have initiated the development of earhquake engineering, BULLETIN OF THE NEW ZEALAND SOCIETY FOR EARTHQUAKE ENGINEERING, Vol. 39, No. 3, September 2006 .

2. 竹山謙三郎 :「内藤先生と計算尺」、建築雑誌、78巻921号、1963年



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