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2015
05.30

ピンとヒンジ

Category: 用語
ピンとヒンジは、ほぼ同じ意味の言葉として使われる。建築学用語辞典にも以下のように書かれている。

ヒンジ =ピン節点。

ピン [1]接合に用いる丸い断面をもつ棒状の部品。[2]部材力だけは伝達し、曲げモーメントは伝達しないとする部材接合部分。

ピン節点 回転の自由度を拘束せずに部材相互を接合した節点。(=ヒンジ)

しかし、実際の使用上両者は全く同じというわけではなくて、半ば無意識に使い分けられこともある。例えば、「塑性ヒンジ」という言葉はよく聞くが、「塑性ピン」というのは聞いたことがない。この場合、ピンは曲げモーメントがゼロで、ヒンジは曲げモーメントが非ゼロであるいう違いがあるようだ。

骨組の塑性論や塑性解析といった分野では、ヒンジの内容はさらに拡張される。曲げモーメントだけでなく、軸力やせん断力の成分を含めた塑性ヒンジもあれば、断面内や軸方向の塑性域の広がりの効果を取り込んだものまである。

なので、建築学用語辞典の説明とは反対に、ヒンジの方がピンよりも広い概念を持つと言えそうである。集合論(?)の記号で書けば、(ヒンジ)⊇(ピン)である。

もっと一般的な使われ方でも(ヒンジ)⊇(ピン)と言えそうだ。例えば、電車の連結部(蛇腹のようになっているところ)をヒンジと呼んでもよさそうだが、ピンとは呼ばないだろう。ピンと呼んでよさそうなのは、その一部を構成する連結器(鉛直軸回りの回転がフリー)の部分ではないだろうか。



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2015
05.19

たわみ角法で設計された構造物

Category: 建築構造史
今回はたわみ角法の生まれた背景とたわみ角法で計算された構造物の話。

その構造物とは、最近何かと話題の国立競技場である。といっても、つい先日解体された競技場のさらに一つ前のもので、1924年に完成し、1957年に解体されたものである。武藤清 二見秀雄著「趣味の構造力学」の対談記事中に「明治神宮競技場のフレーム」とタイトルの付いた話が出ている。

武藤 二見さんが神宮の競技場のフレームの計算をやった、あれは撓角法でやったんでしょう?
二見 あれは大学院の1年だったな。
武藤 僕が兵隊に行っているときですよ。
二見 その頃、ちょうどわれわれは撓角撓度法を知ったんですよ。変な形のラーメン…。スタンドのラーメンなんです。
青山 あれは撓角法でやったんですか。
二見 ええ。浜田さんと二人で相談したことがあるんです。

(中略)

二見 競技場のときもそうだったけれども、私が卒業して最初に影響線をやってみようということになって、影響線を書き出すときに、浜田さんと一緒の部屋にいて、「これからこれをやろうと思うけれども、仕事法でやったらいいか、スロープデフレクション(撓角法)を使った方がいいか」ということで議論したことがあるんです。

(中略)

二見 武藤さんは、佐野先生、谷口忠さんと同じ部屋で、僕と浜田さんはその裏の木造のすごい部屋に居させてもらって、いつも一緒にいたもんだから、毎日話していた。それにとりかかろうというときに、どっちにしようかと相談したことがあるんです。初めは1スパンから始めたわけですけども、「どうせだんだん進むんだろう、そうしたら仕事法ではとっても解けなくなるぞ、やっぱり撓角法の方がよくないか」ということで、最初から撓角法で始めた記憶があります。それが撓角法を知った最初なんです。

梅村 そのへんが二見先生の鉄筋コンクリートの計算規準に載っている鉛直荷重の部分載荷の問題にずうっとつながていったわけですか…。ラーメンの影響線からずうっと入られて…。

二見 そうです。ですから浜田さんと一緒にそこで知ったわけです、こんな方法もあるということを。だけども、それが高い建物でも全部同じようにいくのかどうかもはっきりしないし、そのときは矩形ラーメンだったけれども、それが山形みたいのものが入ってきたらうまくいくのかどうか、先がわからないわけだ、撓角法の使い方の限度がね。そこに不安要素があったもんだから…。教わったのは仕事法だから、仕事法ならとにかく解けるということはわかっているけれども、撓角法がどこまでいけるのかはっきりしないという不安があって、二人で相談したことがあるんです。


上記の"浜田さん"とは、以前このブログにもご登場頂いた(?)浜田稔のことである。また、発言者の"青山"、"梅村"は、それぞれ青山博之、梅村魁の両氏である。

ウィルソン(W. M. Wilson)の1915年の論文には、20層3スパンとかなり高層なラーメンの例が出ていたりするが、この論文は当時の日本ではあまり広まっていなかったのだろうか?それとも、理論はあれど実績が不十分ということだったのだろうか?半ば未知の手法を実務設計に使うのであるから、"恐る恐る"となるのは当然かと思われる。

ティモシェンコ(S. P. Timoshenko)の "History of strength of materials" を見ると、たわみ角法の誕生には鉄筋コンクリート構造の発展が大きく関係している旨の記述がある。鉄筋コンクリートが構造材として盛んに使用され始めたのが20世紀の初めなのである。その部分を以下に示そう(拙訳)。

19世紀における構造理論は、主にトラスの解析を対象として発展した。トラスの解析では、接合部はヒンジゆえに全ての部材は軸力のみを受けると仮定しても満足な解が得られる。構造工学に鉄筋コンクリートが導入されるに及んで、多様な骨組構造物に幅広い用途が見出された。

通常これらの構造物は高次の不静定系であり、その部材は本質的に曲げ部材として働く。それ以前に発達した解法は、そのような系の解析には不向きであることが明白となり、変形の考慮に基礎を置く新しい解析法が導かれた。

ティモシェンコの本のこの記述は、恐らくベンディクセン(A. Bendixsen)の本の序文の一部を引用したものと思われるのだが、筆者はこの説明にちょっとした引っかかりを感じなくもない。。。今回は引用が随分と長くなってしまったので、続きはまた後日。



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