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2015
12.31

耐震上の観点から見た建物、基礎、地盤のこと(末広恭二の講演より)

Category: 地震工学史
今年(2015年)耳目を集めた話題に、傾いたマンションとそこで使用されていた杭基礎のことがある。末広恭二の1931年のアメリカでの講演には、耐震上の観点から地盤と基礎の関係について考察している箇所があって、杭基礎と無杭基礎の挙動の比較が示されている。

耐震が中心であるから、マンションの件とは状況が異なるし、もはや古典的な内容ではあるけれど、地盤と基礎のことを改めて見直すことも無意味ではないだろうから、以下ではこれについて紹介してみようと思う。

その部分は、3番目の講演(Lecture III Vibration of Buildings in an Earthquake)の「第11章 地盤の降伏」(XI Yielding of Ground)である。建物の振動を考える上で"地盤の降伏"は無視できるものではなく、特に細長い建物でその効果が観察されるとして以下のように書かれている。(拙訳と原文を併記)

このことは、一本の棒のように、高い建物の基礎は"固定"されておらず、多かれ少なかれ"自由"であることを示している。地盤の降伏無くして、そのような挙動は明らかに不可能である。

This shows that, like a rod, the foundation of a tall building is not "fixed", but more or less "free." Without the yielding of the ground such a motion is obviously impossible.


上記の"このこと"とは、地震時の高い建物の基底部の揺れに建物の自由振動が混ざっていることが観察されることを指している。上記に続けて、関東地震の被害状況についての解釈が以下のように示されている。

そのような地震時の地盤の緩衝作用は、組積造建物の場合には強震の破壊的な動きをある程度和らげる働きをするかも知れない。先に述べたように、1923年の関東地震は、低地の泥質な沖積地盤上にある下町の方が、台地の締まった洪積地盤の山の手よりも激しかったため、倒壊した木造家屋の数は、下町の方が山の手よりも圧倒的に多かった。

だが、これら2つの地域における剛な組積造建物の被害統計は、表4に示すように反対の結果を示している。実際、それらの剛構造建物は、山の手よりも下町の方で地震によく耐えたのである。

Such cushioning action of the ground at the time of an earthquake may serve more or less to relieve the destructive action of stronger earthquake in the case of masonry buildings. As has been mentioned, the 1923 Kwanto earthquake was more severe down town on the low oozy alluvial ground than on the high diluvial compact ground up town, so that the number of wooden houses overthrown down town was far greater than up town;

but statistics of damage suffered by rigid masonry buildings for the two districts showed contrary results, as indicated in Table 4. As a matter of fact, those rigidly constructed buildings stood the earthquake comparatively better down town than up town.


上記原文中の"masonry buildings"は、後で示すように、末広自身は日本語として"石工建築"を充てている。だが、石工建築と言う用語は、少なくとも筆者には馴染みが無いので、上記では"組積造建物"と訳している。

表4とは、"Percentage Ratios of Damaged Buildings to Their Total Number"とのタイトルで、低地(low ground)では木造建築(wooden buildings)の方が被害率が高いが、台地(high ground)では煉瓦造建築(brick buildings)の被害率が高いという結果を示したものである(尚、high ground は海抜が比較的高い地域といった意味だと思われる。直訳すれば高地であるが、ニュアンス的に合わない気もするので台地と訳している)。

続いて、ジョン・ミルンの"Seismology"に、関東地震での上記の現象と極めて似たことが1857年のナポリ地震でも見られたとの報告のあることを紹介している。さらに、二番目の講演で取り上げた北武蔵地震も同様であるとして、以下のように述べている。

これらの他に、Lecture II の Section (IV) で触れた北武蔵の地震による建物の被害は、この疑問との関連で極めて重要である。前述の通り、この地震は締まった古生層域の地下を震源として、大河川の沖積平野へと広がった。

容易に想像できるように、一般的な木造家屋の被害は、沖積域の方が洪積台地におけるよりも大きかった。一方で、土蔵(日本の耐火倉庫。外側が漆喰壁で覆われ、短間隔に配された木の柱で構成される。また強固な基礎上に建つ)のような剛建築は、壁のひび割れの進展において、洪積台地の方が沖積地におけるよりも大きかった。

さて、1923年の地震の強さは、剛建築の被害の少なかった下町の方が大きいことに疑いは無い。そのように一見矛盾した現象は、全てではないにしてもある程度まで、地震時の軟(弱)地盤の挙動のためであったと私は考えている。

Besides these, the damage to buildings by the Northern Musashi earthquake which was mentioned in Section (IV), Lecture II, is of considerable importance in connection with the present question. As stated, this earthquake originated beneath a compact paleozoic region and then spread out to the alluvial plain of a large river.

As may easily be imagined, the damage suffered by ordinary wooden houses was worse in the alluvial district than on the high paleozoic ground. On the other hand, rigid buildings like "dozos"(Japanese fireproof warehouses which are constructed of closely-spaced strong wooden pillars covered outside with thick plaster walls, and which stand on strong foundations), had their walls cracked to a greater extent on paleozoic than on alluvial ground.

Now, there is no doubt that the intensity of the 1923 earthquake was stronger down town where rigid buildings were less damaged. In my opinion, such an apparently paradoxical phenomenon was due to a certain extent, if not entirely, to the behavior of soft ground in an earthquake.


"In my opinion"とは、控えめな表現に見えるが、当時はまだこういったことが殆ど知られていなかったことによるのだろう。1924年(大正13年)に東京帝国大学工学部で行われた末広恭二の講演:「構造物振動の理論及びその測定法」の「第三章 石工(masonry)建築の震害及動揺」にも、アメリカ講演とほぼ同じ内容のものがあって(そもそもこちらの方が時系列的には先になるが)、以下のように言っている(句読点など、原文の一部を読みやすいと思われるものに変更している)。

私の考えでは剛固な石工建築の基礎が地震動の通りに動くという考えが根本的に間違っておりはせぬかと思われます。もとより基礎が花崗石の一枚岩であるという様な堅固な地盤の上に建っているときは、その基礎は地盤の通りに震動をすべきでありますが、東京の下町の如き沖積層の泥土の上に立っている建築が地盤の通りに震動するはずがありません。その状態はちょうど石塊が蒟蒻の上に載ってある様なものでありますから、建築物が一つの剛体として泥土の上で動揺するはずであります。(中略)動揺と共に弾性振動しますが、ちょうど音叉の柄をゆるく支持しているような訳合に、弾性振動の勢力がすぐ消失する様になります。

上記の後半にある「ちょうど音叉の柄をゆるく支持しているような訳合に」の例は、現代でも SSI(Soil Structure Interaction) をイメージする際によく用いられる。

アメリカの講演に戻ろう。関東地震の時の軟弱地盤では、杭の無い基礎の方が優秀であったという例が示されている。

水分の多い沖積地は、比較的粘性の高い洪積地と比べて、大きな力を建物に及ぼすことができなかった。さらに、弾性振動エネルギは、軟弱地盤上にある基礎の緩い固定条件での方が、より速く散逸するという事実も存在する。

それは下町の強震動を相殺して余りあるだろう。実際、軟弱地盤に建つ練土上のスラブ一枚で構成される無杭基礎(Fig. 63 を参照)を持つ建物は、深く長い杭の上に置かれ、比較的強固な独立フーチング基礎を持つ建物よりも遥かによく衝撃に耐えたのである。

A marshy alluvial ground could not exert more force on a building than the comparatively cohesive diluvial ground. There is, besides, the fact that the energy of elastic vibrations dissipates more quickly in the loosely fixed condition of a foundation on soft ground.

It would more than counterbalance the stronger seismic motion down town. As a matter of fact, those buildings on soft ground with foundations consisting of one slab on rammed ground without any pilings(see Fig. 63) stood the shock far better than those having comparatively strong individual footings resting upon deep pilings.


上記の Fig. 63 のタイトルは、"Floating Foundation of Railroad Society Building."である。杭無しで優秀であったこの The Railroad Society Building については、基礎の断面図しか出ていないので、調べてみたが、どの建物なのかはっきりしたことは分からない。杭を採用していた方は、The Old Mitsubishi Bank Building である。こちらも基礎の断面図と平面図しか示されていが、おそらく三菱旧一号館ではないかと思われる。

引用が長くなってしまったが、アメリカ講演の「第11章 地盤の降伏」(XI Yielding of Ground)と題する章の最後まで示しておこう。すぐ上で引用した文に続いて以下のように書かれている。

剛な建物の周囲の柔らかい地面が、激しい地震の後に押し上げられたままになっているのが度々観察されることも、建物基礎が周囲の地面と同じように移動しなかったことの有力な証拠である。これらの事実は、地震時の軟弱地盤の挙動に関する私の見解を支持しているように見える。建築家とエンジニアの留意すべきことかも知れない。

It is also frequently observed after a severe earthquake that the soft ground surrounding a rigid building is permanently raised by the action of the earthquake, eloquent testimony to the fact that the foundation of the building did not move exactly as did the surrounding ground. These facts seem to support my views as to the behavior of soft ground in an earthquake. It may be worth the attention of architects and engineers.



参考文献

  1. Kyoji Suyehiro : Engineering Seismology Notes on American Lectures, Proceedings of the ASCE, Vol. 58, May, 1932, No.4

  2. 末廣恭二:構造物振動の理論及其測定法 建築雑誌 第四〇輯 第四八四號 大正15年(1926年)7月




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2015
12.25

3次元問題のモールの応力円(その4)

Category: 材力、構力
前回からの続き。

任意方向の n と(σ, t ) の対応関係を得るには、前回の議論と内容的に同じものを繰り返せばよい。前回は n3 が一定の場合を見たが、今回は n2 が一定の場合を考えることにする。

そうすると、"円錐"は、n を母線として、n と x2 軸とのなす角 β を一定とした作られるものとなる。下図では、n の終点の軌跡を茶色円で描いている。

Mohr4_fig1.jpg

茶円と赤円の交点、茶円と緑円の交点をそれぞれ C 点と D 点とする。また、C 点と D 点を結ぶ円弧(茶色太線で示す曲線)と前回の A 点と B 点を結ぶ円弧(黒い太線で示す曲線)の交点を G 点としておく。

C 点と D 点を結ぶ円弧に対応する(σ, t )が、下図の c 点と d 点を結ぶ曲線となるのは前回の議論と同様である。但し、赤円上の c 点を決める角 2β は、σ 軸の正方向から測ったものであることに注意されたい。

Mohr4_fig2.jpg

この図中の円弧 ab と円弧 cd の交点 g が、n = (n1, n2, n3) に対応する(σ, t ) を与える。円弧 ab の方は前回見た通りである。

円弧 cd の方の円も、前回の議論で添え字2と添え字3を入れ替えるだけでよいから、中心が青円と同じで、半径の二乗が (σ13)2/4 + (σ12)(σ32)n22 に等しい円である。これらの諸元を円と円の交点を求める公式に代入してやれば、交点 g を求めることができる。

以上で、最初に掲げた問題の答えまで辿り着いたのが、本来説明すべき記号の意味などについては脇に置いたまま、補足的な計算ばかりを追ってみた( σ の説明はよいかと思う。n は、応力が生じている面の法線ベクトルである)。

かなり雑な内容となっているので、正統な議論については、固体力学や連続体力学の本などを参照されたい(普通の本屋で見つけるのは難しいかもしれないが。。。)。今回の記事を書く際に筆者が参考にした Mase & Mase の連続体力学の本を以下に挙げておこう。

G. T. Mase, R. E. Smelser and G. E. Mase : CONTINUUM MECHANICS for ENGINEERS, Third Edition

3rd Edition では、Smelser も著者に加わっている。2nd Edtion では図が酷かったのだが、3rd Edition ではかなり改善されたようである。モールの応力円については、"3.8 Mohr's Circles for Stress"にある。

この本もそうだが、大抵の本では、初めに n12、n22、n32 について解いて、それらが非負である条件から(σ, t ) の範囲をまず求めている。また、本によっては、(σ, t ) 平面における σ 軸上の σ1 などの位置に τ 軸に平行な線を引いて、それから α だけ傾いた線を引くなどして作図しているものも多い。

さて、3次元問題のモールの応力円について知れば、先日の記事「モールの応力円の問題」のA君の解答が不十分であることがお分かり頂けると思う。A君が着目すべきは、3つある円のうち一番外側にある円であったのだが、それを考えていなかったというわけである。最大せん断応力が生じる断面の向きは、対応する n から求められる。

実は、この問題の元ネタは、上記の本の "3.9 Plane Stress" である。ここには、3つの平面応力状態とそれらに対応するモールの応力円が示されているので、興味のある方は参照されたい。



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