--
--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2016
02.12

ライトの3本脚の椅子は安定か

Category: その他
今回は、フランク・ロイド・ライトにからめた脱線話。。。

山中伸弥氏と益川敏英氏というノーベル賞受賞者同士の対談「「大発見」の思考法」という本に、山中氏が学生時代に解けなかった数学の問題が紹介されている(下記)。

山中 益川先生の前で言うのもなんですけど、私、数学の才能はけっこうあったんじゃないかと思います(笑)。中高六年間の試験で唯一、解けなかった問題が、「椅子の脚は、四本脚と三本脚では、三本脚は安定するが四本脚は安定しない。なぜか」という問題です。中二の時にこの問題に出会った時は、「えっ?」と当惑してしまって。でもこれ、そんなに難しい問題じゃないんですよね。

益川 平面は三点で決まるから。四点では平面は決まらない。椅子の脚が四本あると平面から出てしまう可能性がある。

山中 いまだに、これが答えられなかったことが悔しくて。あとから考えたら、とんちみたいな感じがしないでもないですけど。iPS 細胞と同じで、答えを聞いたら「なーんだ」と。でも、その時はわからなかった。「平面は三点で決まる」ということは知っていたし、そんなことは当たり前なんですが、椅子にひっかけられると、「えっ?」と思ってしまった。


ノーベル賞受賞者が、どちらかというと簡単な問題が解けなかったという微笑ましいエピソードだと読んだ時は思っていたのだが、改めて読み直してみると、中二の時の問題と書いてあるので、"「えっ?」と当惑して"しまった。筆者が中二の時には、平面の方程式などまだ知らなかったと思う。

ただ、上記で山中氏の言う"安定する"とは、"ガタつかない"といった意味であることに注意したい。四本脚と三本脚との椅子では、四本脚の椅子の方が安定している(転倒しにくい)に決まっている。

三本脚の椅子が"不安定"なことを身をもって示してくれたのが、フランク・ロイド・ライトである。ライトは建物だけでなく、家具などのインテリアを含む様々なもののデザインを手掛けていることは、建築を学んだ人ならご存知だと思うが、この三本脚の椅子はその中でもよく知らているものではないだろうか。

ライトが三本脚の椅子をデザインした時、「三本脚だと倒れやすくて危ない」と周囲の人に忠告されたそうだが、例によって自分の考えを曲げずに三本脚で押し通したそうである。それでこの椅子は、"自殺椅子(suicide chair)"とか"転倒椅子(tippy chair)"とか不名誉なあだ名を頂戴している。

だが、この椅子も四本脚に改められる日がやってきた。ライト自身がこの椅子に座っている時に、床に落とした鉛筆(だったかな?)を拾おうとして転倒してしまったのである。それでさすがのライトも、自分のデザインの非を認めて四本脚にしたとのこと。これが椅子であって建物でなかったのは幸いである。

三本脚の椅子に文字通り足元をすくわれるのはライトくらいのものだろうが、四本脚のガタつきの問題は多くの人の興味を引くらしい。こちらはフィールズ賞の受賞者である広中平祐氏が中学生向けに書いた本「広中平祐の数学教室」でもこの話題が取り上げられている(「くらしの中の数 - 机のガタつきを直すには」)。

...レストランなどに行くと、よく4本脚の丸いテーブルがありますね。このテーブルが、ガタガタしてどうも落ち着きが悪い状態を想像してください。(中略)みなさんは、どうやってこのガタつきを直しますか。(中略)右回り、左回り、どちらでもいいのですが、床の上をすべらせながら回していくと、4分の1(90度)回転するまでの間に、必ずピシッと安定してしまいます。だれがやっても、うまくいきますから、みなさんも機会があったら、試してみては......。

この部分に続けて、ガタつきが直る理由が説明されているのだが、それを引用しようとすると長くなってしまうのと筆者自身がこの説明で理解できていないところがある(本文と説明の図があっていないなども含めて)ので、興味のある人はご自身で参照願いたい。ただ、この説明が高校一年くらいで習う"ロール(Roll)の定理"と同様であると書いてある所だけ示しておこう。

いかかですか。この発想はみなさんが将来、微分、積分を勉強するときに登場する「ロールの定理」と共通する考えなのです。(中略)微分学で重要なこの定理と、上で述べたテーブルの問題との関連が見当つきますか。ちょっと難しいだろうと思います。

数学者だけでなく、物理学者もこの問題に頭を突っ込んでいる(しかもかなり本格的に)ことも紹介しておこう。Andre Martin氏による"On the stability of four legged tables"と題した文献を見られたい(Cornell University Library から入手可能)。

ざっと読んでみただけなので、詳細は理解していないが、それほど難しい概念を持ち出した議論ではないようである(ロールの定理は出てこない)。面白いのは、Martin氏が加速器で有名な CERN に勤めていることである。CERN で採り上げるテーマとして相応しいのか?などとは思わずに、興味の赴くまま"研究"してしまったようである。Martin氏は寺田寅彦のような考え方の持ち主なのかもしれない。

さて、工学者はガタつきが直ればそれで十分であるかというとそうでもない。四本脚のガタつきの問題は、構造設計における有名なパラドックスを提供するのである。だが、脱線につぐ脱線をするわけにもいかないので、その話はまた別の機会に書いてみたい。



スポンサーサイト
Comment:0  Trackback:0
2016
02.07

帝国ホテルの耐震神話はライトによって捏造されたのか

Category: 建築構造史
先日の記事では、帝国ホテルが 1923 年の関東地震で少なからぬ被害を受けたことについて書いた。では、帝国ホテルは設計時に耐震性について配慮されていなかったのであろうか?また、被害があったのになぜ耐震神話が広まってしまったのであろうか?

フランク・ロイド・ライト研究の第一人者である谷川正巳氏によって書かれた「フランク・ロイド・ライトとはだれか」という本の「神話化された耐震構造」という節にこの辺りに関する面白い記述があるので、以下にそれを示そう。

... 帝国ホテルに与えられた最大の評価は、冒頭でも述べたことなのだが、その耐震性の故だった。このホテルの特異なデザインもさることながら、その構造のきわ立って秀れている建築作品という評価を得てしまっていた。しかし、これはライト自身が仕組んだ一つのストーリーだったということは、先に述べた関東大震災の被害調査に照らしても明らかなのであり、いささか事実と異なっている。

上記の"関東大震災の被害調査"の結果は、前回書いた二つのこと、つまり帝国ホテルは無被害ではなかったこと、また帝国ホテルと同等かそれ以上に地震に耐えた建物があったことに対応する。その帝国ホテルが耐震性に優れているとの評価を得ることになったのは、"ライト自身が仕組んだ一つのストーリー"であったというのである。

ライトの自伝には、アメリカにいたライトのもとに、関東地震のすぐ後に帝国ホテルの無事を知らせる電報が届いたことが書かれている。日本から電報を打ったのは、帝国ホテルを創設した大倉喜八郎である。自伝にはこの電報の写真まで掲載されているのだが、谷川氏はこの電報も額面通り受け取ってよいものか甚だ怪しいものであるとして以下のように書いている。

当時、バーンズダール邸をはじめとする一連の仕事のために、ライトはロサンゼルスの工事現場にいた。そのライトに宛てて、次の電文が届いたのである。

「本日、東京より次の電報を受取った。ホテルは、あなたの天才の記念碑として被害なく建っている。大勢の家を失った人々に手厚い奉仕をした。おめでとう。帝国ホテルの大倉のサインがある。」

発信局はウィスコンシン州のスプリング・グリーン局。ここにはライトの工房がある。つまり、帝国ホテルの無事を知らせる大倉男爵からの電報は、ライトの工房タリアセンに打たれた。これを一刻も早くライト自身に知らせようと考えたタリアセンの誰かが、その電報を要約して、ロサンゼルスの建築現場へ再び電報を打った、というわけである。

なぜ大倉男爵からの電報が掲載されなかったのだろうか。その電報は紛失してしまったというのだろうか。一体、タリアセンでこの電報を打ったのは誰だったのか。今となっては、それらのことを確認するのはほとんど不可能なことというべきだろう。少なくともいえることは、この国内電報は、名文句に書き換えられている可能性がきわめて高いということである。

以下は、ライトの自伝に出ている電報の写真中の文章を書き写したもの。

SPRINGGREEN WIS 13
FRANK LLOYD WRIGHT
OLIVE HILL STUDIO RESIDENCE B 1645 VERMONT AVE HOLLYWOOD CALIF
FOLLOWING WIRELESS RECEIVED FROM TOKIO TODAY
HOTEL STANDS UNDAMAGED AS MONUMENT OF YOUR
GENIUS HUNDREDS OF HOMELESS PROVIDED BY PERFECTLY
MAINTAINED SERVICE SIGNED OKURA IMPEHO


神話について検証した R. Reitherman のレポートの冒頭にもこの電報が掲載されていて、「帝国ホテルの耐震神話は、この電報によって突如活気付くや完全に出来上がってしまった(the Imperial Hotel earthquake legend had just sprung to life full grown)」と書かれている。

R. Reitherman のレポートは耐震神話を批判する内容のものだが、この電報自体に疑義を差し挟んではいない。筆者も Reitherman のレポートを読んだり、ライト自伝に目を通したりしていた時には、電報の真偽を疑ってみるという発想すらなかったので、上記の本の内容にはとても驚いてしまった。

アメリカで 1987 年に出版された Brendan Gill の "Many Masks: A Life of Frank Lloyd Wright" には上記と同じ内容のことが既に書かれているので、この疑惑についてはライト研究者の間で共有されているのかも知れない。筆者は同書の日本語訳(ブレンダン・ギル「ライト 仮面の生涯」)の方を読んだので、そちらでの該当箇所を以下に示しておこう。

... ライトが慎重に自叙伝やその他に掲載し出版したその電報は、発信地を示す行はスプリング・グリーンとなっており東京ではなかった。オリジナル文書はタリアセン・アーカイヴでは発見されていない。少なくともライト自身がその電文を書き、ロサンジェルスに届くようアレンジした可能性がある。

谷川氏の本に戻って、神話の検討箇所をさらに見てみよう。

... 有名な名文句の電報を前面に押し立てて、ライトが次々に帝国ホテルの耐震的配慮について語るとき、それらに共通していえることは、例外なく関東大震災後の発言であるという事実には注目しなければならない。

あの地震以前に、ライトが帝国ホテルについて語ることはほとんどなかったのだが、設計要旨が公表されている。これは彼の語る震災以前のほとんど唯一の資料だろう。ここでライトは、遂ぞ耐震的配慮のことについては一言も語らず、彼が帝国ホテルで腐心したユニークなデザインに関する解説に終始しているのである。

(中略)

... ひとりライトは、帝国ホテルの設計で、既に耐震性の問題に着目し、それの解決に腐心していた、ライトはそうした慧眼に充ち充ちていた故に、巨匠と名付けるに相応しい、といったストーリーを設定することは、さほどむずかしいことではない。

そしてこのホテルと地震のストーリーを構成し、定着させようと目論んだのは、ほかならぬライト自身であった。関東大震災以前の設計要旨から比較して、震災後の帝国ホテルを解説する際の内容の鮮やかな変転が、それを雄弁に物語っている、といえないだろうか。

と、ライトが耐震神話を捏造した可能性が高いように書かれている。だが、"といえないだろうか"で文が結ばれていることからも、これを証明する直接的な証拠がある訳ではないようである。あくまで「震災以前に耐震的配慮についての発言が見つからない」ことに基づいた仮説と解釈すべきであろう。

また、帝国ホテルの被害を調査してその耐震性が認められなかったとしても、耐震理論が無かったことの証明にはならないと言えないだろうか。それは、例えば本ブログで以前採りあげたことのあるオリーブ・ビュー病院がサンフェルナンド地震で倒壊したからといって、soft first story の理論が無かったことにはならないのと同じである。

筆者がライト自伝の"耐震理論"を読んだ感じでは、それが震災前に予め考えられていたものなのか、震災後に拵えられたものなのかは分からないが、全く荒唐無稽なものと退けられるものではなく、むしろ当時の耐震理論の趨勢に沿ったもの(ライト自身のアレンジが付与されているが)と言えるのではないかと思っている。

谷川氏はライトという人物の文脈において上記のような仮説を立てられたのだと思う。筆者もこれに対抗して(?)当時の耐震理論の文脈から大胆な仮説を考えてみたので、後日それについて書いてみたい。


参考文献

  1. 谷川正巳 : フランク・ロイド・ライトとはだれか、王国社、2001

  2. Robert Reitherman : Frank Lloyd Wright's Imperial Hotel: A seismic re-evaluation, Proceedings of the Seventh World Conference on Earthquake Engineering, Turkish Earthquake Foundation, Istanbul, Turkey. 1980.

  3. Brendan Gill : Many Masks: A Life Of Frank Lloyd Wright, Putnam, 1987(ブレンダン・ギル著、塚口眞佐子訳:ライト 仮面の生涯、学芸出版社、2009)

  4. Frank Lloyd Wright: An Autobiography, Pomegranate, 2005




Comment:0  Trackback:0
back-to-top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。