2016
05.25

20世紀初めの建築振動論(真島健三郎のアプローチ)

Category: 建築構造史
前回までの記事で、ダヌッソ(Arturo Danusso)が 1 自由度系モデルで調和地動を受ける 1 層建物の動的特性を検討したことを見た。絶対パラメータが使われていることはあっても、その内容は現代の振動論の教科書の 1 ページ目(?)に出ているような内容である。

ダヌッソはさらに 2 層建物を 2 自由度系モデル(串団子モデル)においてモーダルアナリシスを展開している。ここではその詳細を示さないが、その内容は現代の振動論の教科書の 5 ページ目位(??)に出ている内容である。

このことは、ダヌッソのアプローチが時代の変遷を経た現在でも淘汰されずに生き残っているという見方もできる。先日も書いた通り、床位置に質点を置き、層剛性に相当するばねで質点間を繋ぐ串団子モデルは、同時代の日本語の論文には見当たらないのである。

ダヌッソの論文が世に出る動機を与えたメッシーナ地震(1908年)からおよそ 15 年後の日本では、関東地震(1923年)が発生している。これを受けて、建物の耐震性に関する議論が活発化し、いわゆる柔剛論争が起きている。

筆者が目にした範囲でだが、耐震性の議論に振動論的アプローチを採用していた研究者も少なくなかったようである。代表的なのは、佐野利器の講演記録「耐震構造上の諸説」でやり玉に挙げられている諸氏、即ち、末広恭二、物部長穂、真島健三郎らである。

以下では、この中から真島健三郎のアプローチ(といってもごく基礎的な部分だけだが)について見ていきたいと思う。参照するのは、真島の一連の論文の集大成ともいえる「地震と建築」である。この本はウェブ上で公開されていて、著作権も切れているようなので、以下では図や式などの画面コピーを適宜使用させて頂く。

真島は、建物を下図のような片持ち柱(p.26下での表現では「下底の固着せる棒」)でモデル化している(下図は1次のモード変位といったものだが)。このような片持ち柱について議論しているのは、真島だけではなく末広らも同様である。

majima_fig3.jpg

一見連続体かと思ってしまうが、「地震と建築」に示される式を見るとそうではなく、n 自由度の離散系モデルである。この n 自由度モデルに、いわゆるモーダルアナリシスを適用して議論展開を行っている。ダヌッソが 1 質点系、2 質点系とシンプルなモデルを用いた(コンペの要請上という面もあったのだろうが)のとは対照的である。

最初に「地震と建築」をざっと読んだ時に、筆者はこれを連続体モデルと思ったのだが、それは式が紛らわしい表記となっているせいもあったかもしれない。例えば、変位 y は、1 次から n 次までの各モードの重ね合わせとして以下のように書かれている(まだベクトル表記は使用されていない)(p.30 第二章、第三節、式(1))。

majima_eq1.jpg

末尾の ... は、式番号の方に付随するもので、uf の項がこの後もずっと続いていくことを意味しているのではないのである(unfn の後にピリオドがある)。尚、ここでは記号の説明は省略しているので、興味のある人は「地震と建築」を参照されたい。説明が無くても、震動論を学んだ人ならある程度察しがつくかと思う。

真島は、ダヌッソもそうだったが、地動変位を以下のように正弦で仮定している(p.34 第二章、第六節、式(11))。

majima_eq11.jpg

この地動を受ける n 自由度モデルのモード分解式が下記のように与えられている(マトリックス表記もまだ使用されていない)(p.34 第二章、第六節、式(14))。

majima_eq14.jpg

連続体なら刺激係数には積分記号が登場するところだが、0 から l(エル、棒の長さ)までのシグマ記号が使用されている。因みに、上記式中の f は、下記のような"衰減系数 dissipation constant"であると書かれている(p.31)。

majima_f.jpg

つまり、現代での減衰係数 c を質量 m で除したものに相当する(f = c/m)。上記文中の"勢力"も現代語ならエネルギーである(このように、所々に紛らわしい表現が潜んでいる)。

数ページにわたる式展開を経て、調和地動を受ける n 自由度系の変位解が、各次モード応答の重ね合わせとして以下のように与えられている(p.39 第二章、第七節、式(28))。

majima_eq28.jpg

ここまでの議論を見ただけでは、真島が自由度 n を大きく取った連続体に近いモデルを指向していたのかはっきりしないが、ダヌッソのようなシンプルなモデルを指向していたわけではないようである。実際、この後に続く「地震と建築」の第三章では、架構モデルの考察へと進んでいて、串団子モデルはついぞ出ていこないのである。

筆者は当初、真島健三郎はダヌッソの理論を知る機会があったのではないかと思っていたのだが、改めて両者のアプローチを比較してみると、それは無かったと考えるのが妥当なようである(少なくとも現在はそういう見解に落ち着いている)。

両者が似ていると思ったのは、真島もダヌッソと同様な 1 自由度系の応答について議論しているからであった。それについてはまた後日。。。



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2016
05.14

20世紀初めの建築振動論(ダヌッソのアプローチ その2)

Category: 建築構造史
ダヌッソ(Arturo Danusso)は、調和地動に対する 1 質点系の応答を議論するにあたって、地面の変位 x を以下のように仮定している。

sdof_eq1_2.jpg

この仮定の動機について、L. Sorrentino は以下のように推測している(拙訳と原文を併記)。

ダヌッソがこのような地動を選び、x(t) = r cosat としなかったのは、初期変位と初期速度のどちらもがゼロに等しくなるからであろう。

Probably Danusso selected this ground motion instead of x(t) = r cosat so that both ground displacement and velocity are initially equal to zero.

上記の x を前回の式に代入すると、以下の運動方程式が得られる。

sdof_eq2_2.jpg

任意外乱に対する応答を求める式は、デュアメル(J.-M. Duhamel)やストークス(G. G. Stokes)によって随分早く(19世紀半ば)に求められていて、デュアメル積分などと呼ばれる。ダヌッソも初めに一般式を与えているが、調和地動の場合は、前々回の記事で見たように、運動方程式(微分方程式)は容易に解かれる。

上記の式に初期条件(t = 0 で s = 0, ds/dt = 0)を適用すると、s は以下となる(文献 1 の式(7))。

sdof_eq3_2.jpg

ここで、ρ= ω/a である。これより、系の絶対加速度が以下のように求まる(文献 1 の式(8))。

sdof_eq4_2.jpg

これは、cos ωt = -1 かつ cos at = 1 の時最大となる。地動の最大加速度は r a2 であるから、地動の最大加速度に対する系の最大加速度の比を μ とすると、μ は以下となる(文献 1 の式(9))。

sdof_eq5_2.jpg

ダヌッソは、この μ を"rapporto sismico"(seismic ratio) と名付けている。直訳すれば地震比であるが、後年佐野利器が震度という概念を耐震設計に適用しようとしたことと状況が似ているので、ここでは震度に似せて「震比」という訳語をあてておこうかと思う。

ただ、両者は似て非なるものとも言っておかなければならない。震度が重力加速度を基準にしているのに対して、「震比」は上で見たような動的な考察に基づいて導入されており、基準としてるのは地動加速度なのである。

μ は ρ だけに依存するので、ダヌッソは ρ を characteristic(特性)と呼んでいる。 ρ は分子が系の振動数、分母が地動(外乱)の振動数である。大抵の振動論の本にある、系を分母、外乱を分子として定義したものとは逆になっていことに注意したい。

ダヌッソは、地動を sine とした場合も検討していて、その場合の各式を以下に示す。

地面の変位(文献 1 の式(10)):

sdof_eq6_2.jpg

系の絶対変位(文献 1 の式(11)):

sdof_eq7_2.jpg

「震比」(文献 1 の式(12)):

sdof_eq8_2.jpg

式(9)と式(12)をグラフにしたものを表計算ソフトを使って描いたものを以下に示す(文献 1 のFig.4(a))。

sdof_fig2.jpg

式(12)(地面の変位を正弦で置いた場合)では、応答値が ρ の増加に伴って上昇しており、ρ> 1 での両者の様子はかなり違ったものになっている。

このグラフのキャプションには、DIAGRAMMA DELL'EFFETTO PRODOTTO IN RELAZIONE ALLA FLESSIBILITA' と書かれている。L. Sorrentino によると、この英語訳は、diagram of the effect [of the ground shaking] in relation to the flexibility だそうなので、日本語なら、「たわみ性との関係における地盤振動の影響図」とでも訳せるものである。


参考文献

  1. Luigi Sorrentino : THE EARLY ENTRANCE OF DYNAMICS IN EARTHQUAKE ENGINEERING: ARTURO DANUSSO’S CONTRIBUTION, ISET Journal of Earthquake Technology, Paper No. 474, Vol. 44, No. 1, March 2007





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2016
05.06

20世紀初めの建築振動論(ダヌッソのアプローチ)

Category: 建築構造史
L. Sorrentino は、ダヌッソ(Arturo Danusso)をもって地震工学、耐震工学分野における動的解析の嚆矢としている。以下は、文献 1 の CONCLUSIONS 中の一文である(拙訳と原文を併記)。

水平力を静的に作用させる解析法ではなく、動的な解析法を提示してモーダルアナリシスを適用したのは、おそらくダヌッソが初めてであった。

Danusso was probably the first to propose a dynamic analysis method rather than static lateral force analysis method and to apply modal analysis.

ダヌッソは、1 層建物を1自由度系で、2 層建物を 2 自由度系でモデル化して、震動論的にそれらの挙動を検討している。これは今日で言うところの"串団子モデル"による解析に含まれる。文献 1 には以下のように書かれている。

建物全体のうち、ダヌッソは、引張、圧縮ともに抵抗する材料で構成される、柱と水平床でできた構造だけを考えている。柱は質量を持たず、その質量は床高さに集中するとしている。鉛直成分は別に扱うことができる。ダヌッソによれば、鉛直成分は対処が容易な上下動の効果のみを生じるからである。建物基部の水平動によって、床高さに慣性力が作用することになる。

Of the whole edifice, he considers only the structure made up by columns and horizontal floors, constituted by materials reacting to both tension and compression. The columns have no mass, and this is concentrated at floor levels. The vertical component can be separately addressed because, according to Danusso, it induces only a pounding effect that is easy to tackle. The horizontal motion at the base of the building will generate inertia forces at the floor levels.

串団子モデルは、現代でもよく使用される。一見大雑把とも思えるモデル化であるが、このモデルによって得られた知見を振り返ると、このモデルの発案者は余程の慧眼の持ち主であったと言ってよさそうである。

それがダヌッソであったのかどうかは筆者にはよく分からない。ダヌッソ以前に集中質量のモデルは既に提案されているが、上記のような形で建物に適用した点が画期的と思われる。文献 1 には、ダヌッソが参考にしたかもしれない研究として、レビ・チビタのものが挙げられている。

... 3 自由度系の研究が既にイタリア語の文献において参照可能であった(レビ・チビタ、1896)。

... the study of a three-degree-of-freedom system was already available in the Italian literature (Levi-Civita, 1896).

同時代の日本の論文には、筆者の調べた範囲では、串団子モデルはまだ登場していない。想像だが、日本で倒立振り子モデルや串団子モデルが頻繁に使用され始めたのは、応答スペクトルの概念がアメリカから"逆輸入"された頃からではないだろうか。

ダヌッソは、非減衰 1 自由度系の運動方程式を以下のように与えている(文献 1 の式(3))。


eq1_2.jpg


t は時間、m は質量、x は地面の変位である。ずっと以前にも書いたが、紛らわしいことに k は剛性ではなく、その逆数のたわみ性である。そして s は、空間に固定された座標系から見た質点の絶対変位(total displacement)である。

現代では上記のような絶対変位の式ではなく、地面を基準とした相対変位で運動方程式を書くのが一般的である。今回の内容とは主旨が異なるが、筆者が現代の教科書で絶対変位が使用されているのを見たことがあるのは、構造物の異なる支持部に異なる地震波を入力する解析での定式化においてくらいである(チョプラ(A. K. Chopra)の Dynamics of Structures だと、"9.7 Multiple Support Excitation"、Clough and Penzien の同名本だと、"26-2 Response to Rigid-Soil Excitations"内の"Lumped MDOF Elastic Systems, Multiple Excitation")。

上記の式の記号を、柴田明徳著「最新 耐震構造解析」の記号で書き直してみる。つまり、x → y0、s → y + y0、k → 1/k と書いて若干変形すると以下の馴染み深い式となる。


eq2_2.jpg


文献 1 には、ダヌッソが絶対量を用いた定式化を行ったのは、彼が慣性力に着目していたためであると書かれている。

運動方程式を相対変位と相対加速度で書き下す方が今日では一般的であるが、ダヌッソは別の機会でも絶対パラメータを好んで用いている。そのような選択の動機は、ダヌッソが構造物の静的な設計用荷重を見出そうとする事実と深く関係している。そのため、相対加速度ではなく絶対加速度と結びつく慣性力にダヌッソは関心を抱いているのである。

Whereas today it is more common to write the equation of motion using relative displacements and accelerations, a chance that Danusso suggested elsewhere (Danusso, 1928), he preferred to make reference to total (absolute) parameters. The reason for such a choice lies in the fact that Danusso is looking for a force to be used in a static design of the structure. Therefore, inertia force, related to total and not relative accelerations, is what he is interested in.

磁力なり空気圧なり飛行石なりの作用で地面から浮上している究極の免震建築を考えてみよう。地面がいくら揺れても(相対加速度がいくらであっても)、絶対加速度はゼロで慣性力もゼロ(空気には粘性があるので厳密にはゼロでは無いかも知れないが)ということで、この建物の中にいる人は地震が来ても平穏無事である。

今日一般的な"相対パラメータ"での定式化の場合は、このように絶対量が問題になる場面では、あえて絶対量を持ち出して議論する必要がある。構造系の人なら、大崎順彦著「新 地震動のスペクトル解析入門」などで加速度応答スペクトルは絶対量で描くように説明されているのを読んだことがあるはずだ。

さて、ダヌッソは絶対パラメータを使った上記の式で調和地動について検討している。それについて書くことで前回の記事の内容に繋げるつもりだったのだが、長くなったので続きは後日。。。


参考文献

  1. Luigi Sorrentino : THE EARLY ENTRANCE OF DYNAMICS IN EARTHQUAKE ENGINEERING: ARTURO DANUSSO’S CONTRIBUTION, ISET Journal of Earthquake Technology, Paper No. 474, Vol. 44, No. 1, March 2007




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