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建築構造学事始

「名人伝」構造編?

学生の時分に友人に薦められて読んだ中島敦の「名人伝」はなかなか面白い話であった。

主人公は、弓の名人となることを目指して大変厳しい修行を積み、その奥義を極めるのだが、極めたはずの弓を持つことを拒むようになり、終には弓の使い方も、弓という名前さえも忘れてしまうのである。

と、そんなことを思い出したのは、ニューマークの数値積分法についての論文の中でサルバドリー(M. G. Salvadori)の名前に出会ったからであった。

ニューマークは、既往の研究の一つとして「サルバドリーの方法(Salvadori's method)」を採り上げている(これについては、後日改めて書くことにしよう)。実は先日の記事でサルバドリーとヘラーの本のことを急に書いてみようと思ったのもその流れからである。

サルバドリーの構造の本と言えば、構造の本質的な内容が数式を用いることなく見事に説明されているのが特徴である。だが、彼の人生の前半は、ある意味それとは真逆と言ってよい数学者としての仕事によって彩られているのである。

望月重氏の「サルバドリーとワイドリンガー・アソシエイツ」(文献 1)にこの辺りのことが出ているので以下に示そう。

 マリオが研究論文を学会に発表したり、また本を出版したりしたのは、コロンビア大学に勤め始めて 7 年間を過ぎてからである。マリオに言わせると、ローマ大学時代のものよりレベルの高いものを発表したかった、と言っている。

 今私の手許にある彼の著書を列記してみると、

1. The Mathematical Solution of Engineering Problem, 1947年
2. Numerical Methods in Engineering, 1952年
3. Differential Equations in Engineering Problems, 1954年
4. Structure in Architecture, 1963年
5. Numerical Methods in FORTRAN, 1964年
6. Structural Design in Architecture, 1967年
7. Mathematics in Architecture, 1968年
8. Statics and Strength of Structures, 1971年
9. Buildings; The Fight against Gravity, 1979年
10. Why Buildings stand up; The Strength of Architecture, 1980年
11. Why Buildings fall down, 1992年
12. Why the Earth quakes, 1995年
13. Earthquake Games, 1997年

である。題目から分かるように、1, 2, 3, 5, 7 の 5 冊が数学関係で、残りの 4, 6, 8, 9, 10, 11, 12, 13 の 8 冊が建築構造関係に大別できる。出版年月から見ると、数学関係が 1947 年から 1968 年の約 20 年の間でマリオが 40 歳から 61 歳まで、建築構造関係が 1963 年から 1997 年の 30 年余りの間で、マリオが 56 歳から死の直前の 90 歳までである。

このことから、前半の 20 年間が応用数学関係で、後半が建築構造関係であるといえる。これは当然なことであって、若いときに理論的な数学を、そして年を取ったら経験的な構造に移っていったと考えられる。

上記の 5 番目に挙げられている "Numerical Methods in FORTRAN" は、日本語版(文献 2)を図書館や古本屋でよく見かけるので、読んだことのある人も多いのではないだろうか(筆者は英語版を所有している)。

前半だけの経歴を見ると、数学者か解析オタクといった印象を持ってしまいそうだが、決してそんなことは無くて、文献 1 にも書かれているように、サルバドリーは構造設計では細かい計算なんかよりむしろ略算の方が大事であると考えていたのである(下記)。

4. の「Structure in Architecture」がコロンビア大学の建築学部の新入生のテキストであるのに対して、6. の「Structural Design in Architecture」は大学院のテキストであった。したがって、前書より後書のほうが学術的で、簡単な数理的表現によっている違いはあるものの内容はほとんど同じであり、両書は姉妹書といえる。

私が「Structural Design in Architecture」を読んで感激したのは、2 次元、3 次元構造の略算式の提案である。わが国の場合、2 次元、3 次元構造の紹介は高度な学術書によるものであって、それは精算式で表されている。しかしながら、建築家そして構造技術者にとって必要なものは、まず精算以上に構造物の性状を理解できる略算である。...

これとは若干文脈が異なるかも知れないが、我が国が生んだ構造の大家である内藤多仲も大体似たような見解である。文献 3 の「建築も生きもの」という文には、以下のように書かれている。

これはひとり建築に限らず、あらゆることに共通していることでもあろうが、その過程が複雑であればあるほど一度振り出しに戻って"大づかみ"にながめてみるということが大切である。

内藤多仲が精度の良くない短い計算尺を敢えて使っていたことについては以前の記事にも書いた通りである。

内藤の「架構建築耐震構造論」などを見ると、緻密な計算による設計法を展開しているので、内藤もサルバドリーと同じで、計算や数学的な理論展開などは得意とするところであったことが分かる。

構造の名人達が高度な計算技術を駆使する代わりに、略算や大づかみのアプローチに重きを置くのは何故だろうか?

一つ考えられるのは、略算によって全体の性状を押さえることは大きな失敗を避けることに繋がるということである。構造物は精密機械ではないし、その特性は幸か不幸か非線形性を有している。よく分からない地盤の上に建つよく分からない材料からなる構造物が予測できない荷重に襲われる。そのような状況では、全体への影響が小さい細かい計算に気を取られる方が危険を招く可能性がある、、、、というのが筆者なりの解釈である。

この名人技のミソは、プロセス自体は比較的平易というところにある。なので真似しない手はない。筆者も"大づかみ"計算をやってみたり、計算に入る前の"そもそも論"で頭に汗をかくように努めたりしている。そのようにして出てきた結果をどのように解釈するかが名人と凡人で大きく異なるのだろうけど。。。


参考文献

  1. 望月重:サルバドリーとワイドリンガー・アソシエイツ 建築技術 2000年2月

  2. J. M. マコーミック/M. サルバドリー共著 清水留三郎訳:FORTRAN による数値計算プログラム サイエンス社 1974年

  3. 内藤多仲:日本の耐震建築とともに 雪華社 1965年




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参考文献を追加

先日の記事では、最大瞬間風速から平米あたりの風荷重を概算する式を紹介した。この式が出ている本が手許に無いので、同記事には参考文献を載せていなかった。

そのことがちょっと気になっていたので、久しぶりに大型書店に行ったついでにこの式の出ている本を建築関連の棚で捜してみた。端から順に見ていくと、、、意外にも割とすぐに見つけることができた。

それが文献 1 である。新品が売られているが、出版はかなり古い本のようである。この本の p.203 にくだんの式が出ているので、(いないとは思うけど)興味のある人は参照されたし。使われている単位は、kg/m2ではなく、mmH2O であるが、これらの単位の換算係数は 1 なので式は同じである。

また、別の記事では、建築構造史の年表について引用したが、参考文献を示していなかった。この年表が載っているのは、文献 2 である。

建築構造史の年表と言えば、今年の 4 月にお亡くなりになった佐藤邦昭氏の「鋼構造の設計」(文献 3)では、鋼構造を中心とした構造史の説明に最初の数ページが割かれていて、1945年以降の年表(のようなもの)も載っている。この年表には日本の人口、GNP など共に粗鋼生産の推移を示す折れ線グラフも書き込まれている。

文献 1 は、立ち読みしただけ。文献 2 と 3 は所有しているので、表紙の写真を載せておこう。。。

art187_fig1.jpg


参考文献

  1. 金谷英一/石黒一郎/池田静治/成瀬哲生/桜井美政:建築環境学概論 明現社 1984年

  2. 日本建築学会:建築雑誌・第133集・1712号 2018年6月

  3. 佐藤邦昭:新編 鋼構造の設計 鹿島出版会 1993年12月




ニューマークの論文を遅読する(その3 7年のブランクは?)

ニューマーク法の原論文として示されるのは、大抵の場合、1959年に出た文献 1 である。この序文には以下のようなことが書かれている(ASCE とはアメリカ土木学会、IABSE とは国際構造工学会議のこと)。

1958 年 10 月にニューヨークで開かれた ASCE-IABSE 合同会議での口頭発表の内容は、本論文を含む一連の論文を下敷きにしている。これらの論文の全てを、CIVIL ENGINEERING に発表済みのものも含めて、改めて一巻に纏めて出版する予定である。

This paper is one of the group of papers which were the bases for oral presentations at the Joint ASCE-IABSE Meeting, New York, October 1958. The entire group, including those published in CIVIL ENGINEERING, will be reprinted in one volume.

つまり、前年には口頭ながら既に発表済みなのである。さらに、先日も書いたように、遡ること 7 年のイリノイ大学の紀要には既にニューマーク法について示されている。特に手法の骨格の部分については、文献 2 に示される内容と殆ど同じである(この内容はまた、同年のカリフォルニア大学でのシンポジウムで発表されたものである)。

この 6 年から 7 年の経過は何を意味しているのだろうか?

一つ考えられるのは、慎重には慎重を期したということである。実際、文献 2 と比べると、文献 1 にはニューマーク法の適用事例が多く示されている。6、7 年のブランクは、実績を積むのに必要だったのだろうか。

慎重を期すといっても 7 年は長すぎるようにも思える。もう一つ思いつくのは、シンポジウムのタイトルに Blast Effects とあることからも伺えるように、この研究が軍事研究へ応用できると見なされて簡単には公開できなかったのかもしれない。本文中にも、ニューマーク法が対応できる外荷重として、原子爆弾の爆風(blast from a nuclear weapon)による荷重なんていう物騒なことが書いてある。

以上は的外れな推論かもしれない。ただ、7 年間のタイムラグはニューマーク法の信頼性を高めるのに貢献したのは間違いなさそうだ。文献 1 に追加されている適用例は、基本的というよりやや特殊なもの(曲線部材とか時間変動境界など)までカバーするものとなっているのである。

以下は余談。

研究論文の信頼性といって思い出すのは、数年前の STAP 騒動である。「STAP ていうと、我々にとっては STractural Analysis Program だよね」「いやいや、バーテの本に出てる STatic Analysis Program でしょ」といった構造系の人々の間で交わされた和やかな会話など寄せ付けない凄まじい嵐のようなあの騒動のことである。

筆者はこの騒動を通して、専門雑誌というのは掲載論文の信頼性を何ら保証も補償もしないのだという、考えてみれば当たり前のことに気付かされた次第である。それまでは、漠然とであるが、Nature なら Nature が「黄表紙」なら建築学会が掲載論文の質について何らかの責任を負っているかのように思っていたのである。だが、これは大いなる勘違いであった。

査読者についても同じことが言えるだろう。査読の段階で追試を行うわけではないので、判断材料といえば、「まぁ、あそこの研究室ならそういい加減なことはやってないだろう」というそれまでの評判やイメージといったものくらいしかないのである。保証しろという方が無理である。

もう一つ気付かされたのは、特に先端技術や先端医療といった分野で言えることだが、有力な仮説を検証する研究は、拙速を尊ぶ方が得をするということである。仮説を実証したと主張する最初の論文で、実際は杜撰な実験のせいで結果が再現されていなくても、丁寧に時間をかけた追試者が再現に成功してくれれば、最初に論文を出した者がその研究の成果の殆どを手中に収めることができるのである。

もちろんこれでいいはずがない。当時誰かが「科学には作法がある」というようなことを言っていたが全くその通りだと思う。まぁ、建築業界ではこれとは質の違ったことの方が問題となっているようなのであまり参考にならないのだけれど。。


注 文献 3 の"12.4 EXAMPLE PROGRAM STAP"に掲載されている構造解析(FEM)プログラム。FORTRAN のソースコードを収録。Python のコードはもちろん無し!


参考文献

  1. N. M. Newmark : A method of computation for structural dynamics. Journal of the Engineering Mechanics Division, ASCE, p.67-94, 1959.

  2. N. M. Newmark : Computation of dynamic structural response in the range approaching failure, A reprint of a paper published in Proceedings of the Symposium on Earthquake and Blast Effects on Structures, June, 1952, University of California, Los Angeles, California, December, 1952.

  3. K. J. Bathe : Finite Element Procedures in Engineering Analysis 2nd Edition




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