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建築構造学事始

記号 h の意味は?

変数や定数にあてる記号は、なるべく習慣に従っておく方がよい、ということをポアンカレの「科学と方法」か何かで読んだ記憶がある。

例えば、変数を a、b、c で表し、定数を x、y、z で表してもいいのだが、そのような表し方は混乱を招くだけなのでやめておく方が賢明である、といったことが書かれていたと思う。

ある程度記号の割り当てが決まっていると、記号を見ただけで意味が浮かぶし、他人にも記号だけで話が通じるというメリットがある。

N、Q、M と並べば、大抵の人は「あれだな」と分かるだろうし、m、c、k と来れば「多分あれだろう」となるはずである。文脈もあればなおのこと意味は特定される。

もちろん、割り当て方が完全に統一されることは望むべくもなく、慣れない記号と付き合わなくてはならない時もある。そういう時は心理的に無用な負担を強いられているようであまり良い気分ではない。

今回は、記号 h について、定番の使われ方とそうでない場合の例を採り上げてみよう。

建築構造系なら、h を見て思い出すものと言えば、何はさておき「減衰定数」という人が殆どではないだろうか。応答スペクトルのキャプションにある "h = 5%" を見て、「この h とは何だろう?プランク定数?」なんて思う人はいないはずだ。

元々の振動方程式の減衰項は、(減衰係数)×(相対速度)で表されるが、減衰定数なるものを導入して係数の置き換えを行う。これは、減衰定数の値がちょうど 1 の時に臨界減衰を表すように、言わば正規化を行っているわけである(なので、「減衰定数」よりも「臨界減衰比」という呼び方の方が意味的には望ましいと言ってよさそうだ)。

この減衰定数、アメリカなどの英語圏の文献では、h が使われていない。例えば、チョプラ(文献 1)だと ξ が使われているし、クラフとペンゼン(文献 2)なら ζ である。この記号の使い方は、おそらく"正規化"という意味から来ていると思われる。

有限要素法では、歪んだ形をした要素も扱う必要があるので、定式化の際には実座標をそのまま使わずに正規化された座標を介して定式化する方法が採られる。その正規化座標の記号には、チェンキービッツの本でもそうだが、ξ, η, ζ といったギリシャ文字が使われるのが普通である。減衰定数もこれと同様であろう。

もう一つ、英語圏の文献で減衰定数に h を使いにくい事情があるように思われる。それは、時刻歴解析などで時刻 tn と時刻 tn+1 の差である"時間間隔"に h を使う習慣が、特に英語圏では結構あるようなのである。式に書くと、h = tn+1 - tn である。

日本だと、時間間隔には Δt を使うことが多く、英語圏でもそうなっているものも多いが、h を使っているものもちらほら見かけるのである。

またまた有限要素法の話になるが、有限要素法で精度を上げるアプローチとして、p 法と h 法という二つの方法がある。p 法では、要素数はそのままで、要素内で仮定する形状関数(多項式)の次数を上げるのである。p とは polynomial(多項式)の頭文字というのは間違いなさそうである。

もう一方の h 法では、要素内の次数はそのままに、要素数の方を増やす。つまり、要素のサイズを細かくする。h は、要素のサイズまたは幅を表す記号であり、時間間隔に h を使う習慣もこれと同じ流れにあると推測される。

この h が一体何の頭文字なのかというのは、筆者の長年の疑問である。ウィキペディアには、h は height(高さ)の略である、なんて書かれているが、これは眉唾情報ではないかと踏んでいる。

というのも、高さというより幅を指しているようだし、数学でも古くから幅に当たるものとして h が使用されているからである。

例えば、関数 f(x) 微分の定義は、lim(h→0) {f(x+h)-f(x)} / h のように書かれるが、この時の h を高さと解釈するのにはちょっと無理があるように思う。

といったわけで(?)、文化圏が変わると h は時間間隔を表すこともあるのである。実は、例のニューマークの論文(文献 3)でもそうなっていて、h は減衰定数ではないのである。これについては後日改めて。。。


参考文献

  1. A. K. Chopra : Dynamics of structures, Theory and Applications to Earthquake Engineering.

  2. Ray W. Clough and Joseph Penzien : Dynamics of structures, 3rd edition.

  3. N. M. Newmark : A method of computation for structural dynamics. Journal of the Engineering Mechanics Division, ASCE, p.67-94, 1959.




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使い道のない公式?(大森公式について)

大雑把な式と言えば、構造ではなくて地震の分野の話であるが、ちょっと思い出したので書いておこう。

その式とは震源までの距離をエイヤで求める式である。「大森公式」と呼ばれる有名な式なのでご存知の人も多いかと思う。この公式は、地震の初期微動の継続秒数を8倍すれば震源までの距離がキロメートルで求まるというものである。

和達清夫著「地震」の「二十六 震源の位置を求める法」では以下のように説明されている。

初期微動継続時間というのは、始め縦波が来て次に横波が到着するまでの時間である。言い換えると、始め来た速度の早い波に対して次の速度の遅い波がどの位遅れて来たかを示す時間である。

この遅いものが遅れる度合いは、遠い所から出発してくるほど余計に遅れるわけであるから、結局震央距離と初期微動継続時間との間にはある関係が存在している訳である。

我々は雷がなる時に、その前に稲妻が光ってその後何秒経って雷が鳴り出したかを測り、その秒数を三倍した町数位だけ雷が遠くで鳴ったというやり方を知っている。今地震の際の初期微動継続時間の時も同じような関係が分っているのである。

ただし地震の深さでその掛ける数が異るのであるが、まず普通は初期微動の秒数に2を掛けた里数あるいは8を掛けたキロ数だけ遠くに震源があると思ってよい。従って、初期微動が十秒なら、震源までの距離はおよそ八十キロである。

今村明恒の「地震の話」にもほぼ同じような説明が出ている。雷の例を出しているところもそっくりである(下記)。

... われわれは最初の弱い部分を初期微動と名づけ、中頃の強い部分を主要動或いは主要部、終りの弱い部分を終期部と名づけている。終期部は地震動の余波であって余り大切なものではないが、初期微動と主要部とは極めて大切なものである。

両者ともに震源から同時に出発し、同じ途を通って来るのであるけれども、初期微動は速度大に、主要動はそれが小なるために斯く前後に到着することになるのである。あたかも電光と雷鳴との関係のようなものである。

もっと具体的にいうならば、初期微動は空気中における音波のような波動であって、振動の方向と進行の方向とが相一致するもの、即ち形式からいえば縱波である。主要動はそれと異なり横波である。震源の近い場合には縱波はおよそ毎秒五キロメートルの速さで進行するのに、横波は毎秒三・二キロメートルの速さで進行する。

 初期微動が到着してから主要動が来るまでの時間を、初期微動継続時間と名づける。読者は初期微動時間だけを知って震源距離を計算して出すことは、算術のたやすい問題たることを気付かれたであろう。実際われわれはこの計算に一つの公式を用いている。即ち初期微動継続時間の秒数に八という係数を掛けると、震源距離のおよその値がキロメートルで出て来るのである。

ただ、この「八という係数」をどう決めたのかを筆者は知らない。今村が書いているように、縦波が 5 km/s で、横波が 3.2 km/s だと、この係数は 8.9 あるいはもっと大雑把に 9 ということになるのだが、なぜ 8 とされているのだろうか?

きっと大森房吉の書いた本なり論文なりに出ているのだろうと思ってちょっと調べてみたが、該当するものが見当たらなかった(知っている人がいたら教えて下さい)。

雷までの距離が分かれば、「まだ遠いから大丈夫そうだ」とか「かなり近いから建物の中に避難していよう」といったようにそれなりに役に立つ。だが、震源までの距離が分かったとして何が嬉しいのだろうか?何も使い道が無いように思えてしょうがない。

思い付くのは「自己満足が得られる」くらいだろうか。この公式を使うにはある程度修養を積むことが必要なようで、今村明恒もそうやって習得した技を鼻にかけているような感じを受けるのである。「地震の話」の上記の部分の後には、以下のようなことが書かれている。

前に述べた通り、初期微動の継続時間は震源距離の計算に利用し得られる。この継続時間の正確なる値は地震計の観測によって始めて分かることであるけれども、概略の値は暗算によっても出て来る。

著者の如きはそれが常習となっているので、夜間熟睡しているときでも地震により容易に覚醒し、夢うつつの境涯にありながら右の時間の暗算等にとりかかる癖がある。これを器械的観測の結果に比較すると一割以上の誤差を生じた例は極めて少ない。

著者は更に進んで地震動の性質を味わい、それによって震源の位置をも判断することに利用しているけれども、これは一般の読者に望み得べきことでない。

とに角、初期微動継続時間を始めとして、発震時その他に関する値を計測し、これを器械観測の結果に比較する事は願る興味多いことである。自分と観測所との間隔が一二里以内であるならば、両方の時刻ならびに時間共に大体同じ値に出て来るべきはずである。

ついでに書いておくと、今村明恒が執筆した、関東地震(1923年)の調査報告である「震災予防調査会報告第 100 号甲」の冒頭にもこの技を使用する場面が出てくる(下記 一部旧漢字などを現代的な書き方に修正)。

体験  自分は大震の起った当時帝国大学地震学教室内に著席して居った、最初はやや緩慢な微動を以って始まったので自分はそう大きな地震とも思わず、例の通り暗算によっての初期微動継続時間を勘定し始め、兼ねて大震動の方向に注意しつつ経過して行くと、震動が次第に増大し、三四秒の後にはそのかなりに強い地震であることに気がついた、....

大森公式に実用性はなさそうだが、小学生の算数の問題のネタには使えそうである。例えば、「P君とS君がかけっこをしたところ、25 秒差でゴールしました。P君とS君の走る速さが、それぞれ秒速 8 m と 4 m だったとすると、スタートからゴールまでは何メートルでしょう(答え: 200 m)」といった問題はなかなかの良問ではないだろうか?


サルバドリーの略算式(等価モーメント係数)

前回の記事では、サルバドリー(M. G. Salvadori)と内藤多仲といった構造の名人達が、緻密な計算よりも略算に重きを置いていたことについて書いた。ただ、そこで採り上げた二人の"略算"は、同じ略算でもニュアンスの違いがあるので補足しておきたい。

内藤多仲から引用したものは、構造計画の大切さであったり構造計算で桁を間違えるような致命的なミスを犯さないことが肝要であるといったりしたやや抽象的、一般的なレベルでの話であるのに対して、サルバドリーの方はもっと具体的、実務的なレベルでの話である。

サルバドリーの提案した略算式と言えば、差分法なんかよりも以下の式が構造設計者の間でお馴染みのものではないだろうか。

Salvadori_eq1.jpg

これは、はりの横座屈のところで出てくる式であり、鋼構造の教科書には大抵載っているものである。とは言っても、教科書ではこの式の出所までは示していないものが大半である。規準や指針だと、該当箇所に文献番号が示されていて、その番号を辿るとサルバドリーに行き着くことになる。

本文中にサルバドリーの名前まではっきり書いているのは、鋼構造塑性設計指針(最近改定されたものではなく古い方の本)の柱の章(6 章)くらいだろうか(はりの章(5 章)では脚注のみ)。但し、ここ(6 章)では柱を対象に上記の式の逆数の形が与えられている(文献 1 p.121)。

 等価曲げモーメント係数 CM は、軸圧縮力と強軸曲げをうける H 形断面柱の弾性曲げねじれ座屈の理論解として M.G. Salvadori, C. Massonnet により (6.39)、(6.40)式が示されている。

Salvadori_eq2.jpg

Salvadori_eq3_2.jpg

 図 6.13 はこれらを図示したものであるが、計算の便宜さを考えて、図6.13 中に示されるように線形近似式

Salvadori_eq4.jpg

を用いてよいであろう。上記の等価曲げモーメント係数は、弾性曲げねじり座屈の理論として得られたものであるが、弾塑性域にもこれを拡張適用したものであり、H 形断面はり材の横座屈強度算定に用いる等価曲げモーメント係数 5 章(5.14)式と同じである。

(6.39)式の第二項の符号がマイナスになっているのは、単曲率と複曲率のどちらを正とするかの違いによる。

教科書的な本でも英語で書かれたものにはサルバドリーの名前を挙げているものが結構ある。例えば、筆者が大好きなチェン(W. F. Chen)による文献 2 の 5.5.1 Unequal End Moments には以下の記述がある(拙訳と原文)。

はり端のモーメントの大きさが異なる場合(Fig. 5.13)のはり中間でのモーメントは z の関数となるので、支配微分方程式は各種の係数を有することになる。このため、級数または特殊関数を使用するなどの数値的な手法によって解を求める必要がある。

これは明らかに面倒である。幸い、設計では等価モーメント係数 Cb を用いれば、横座屈強度に及ぼすモーメント勾配の影響を容易に考慮できることがサルバドリーによって示されている。

If a beam is subjected to end moments that are unequal in magnitude (Fig. 5.13), the moment in the beam will be a function of z. Consequently, the resulting governing differential equation will have variable coefficients. Therefore, a numerical procedure, involving the use of series or special functions, is necessary to obtain solutions.

The procedure is, evidently, quite cumbersome. Fortunately, for the purpose of design, it has been demonstrated by Salvadori that the effect of moment gradient on the critical moment can easily be accounted for by the use of an equivalent moment factor Cb.

なお、上記文中の z は材軸方向にとった座標を表している。

以上では、記号や符号の意味や定義の説明を省略して書いたので、鋼構造設計の本を覗いてみたことのない人には何のことやらさっぱり分からないかも知れない。

この"略算式"は似たようなものが幾つか提案されていたり、上にも書いたように、本によって(人によって)符号の定義の違いがあったり、逆数なのに同じような呼び名だったり、AISC LRFD 規準をはじめとっくに使用されなくなっていたりとなかなか興味惹かれるものなので、機会があれば改めて採り上げてみたい。


参考文献

  1. 日本建築学会 : 鋼構造塑性設計指針 1975年11月

  2. W. F. Chen, E. M. Lui : Stractural Stability : Theory And Implementation, Elsevier, 1987.




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