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建築構造学事始

HAL 9000 と ILLIAC(イリアック)

中学生の頃、古い映画ばかり好んで見ていた時期があった。大半はいわゆる古典的な名作と言われるものだったので、今からすると「お約束」なストーリーの作品が多かったと思う。

そんな中にあって特異な作品として記憶に残っているのが、スタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」である。幼い(?)筆者にとってこの映画はまさに衝撃であった。

この映画を見てみようと思ったのは、何かの本の記事で"不朽の名作"と絶賛されていたのを読んだのがきっかけである。そんなにすごいのなら見てみたい。単純にそう思ったのである。

映画はヒトに進化する前の猿人の群れのシーンから始まる。前知識が無かったら面食らったかも知れないが、これは先の紹介記事で触れられていたので特に驚くことはなかった。

だが、そこから特に説明もなく宇宙へとシーンが切り替わり、「さっきのサルたちは何だったの?」という釈然としない気持ちを抱えたまま、その後それなりに問題は起きたりはするが基本的に退屈な宇宙の旅の話が続き、途中はもうどうでもいいのでさっさと結末を見せてくれという気持ちが極限に達した頃に漸く旅の目的地(そこにはモノリスという墓石のようなものがある)に到着するのである。

そして、その地球から遠く離れた場所で、なぜか食堂のような所での食事のシーンになるのである。大変無機質な感じのする部屋で主人公(?)の男が黙々と食事をしている。ナイフとフォークが食器に触れてカチャカチャと音をたてる。

「宇宙服を着ないでご飯食べてるけどここは宇宙じゃないのか?」と頭を悩ませていると、生まれる前の赤ん坊(つまり胎児)の映像が出てきて「えっ?」と当惑に拍車が掛かりそうになる隙をついて映画が終了するのである。

一度しか見ていないので細かいところは間違っているかも知れないが、要するに不可解極まりない作品だったのである。見終わっての感想は、「これで終わり?モノリスとは何だったの?これが不朽の名作?確かに映像は昔の映画とは思えない美しさではあったけれど、全くもって理解不能。」

筆者は一応謙虚に出来ているので、きっと自分の知能レベルが"不朽の名作"を理解するに及んでいないのであろうと思い、ハヤカワ文庫から出ている日本語訳を買ってきて、今度は映像ではなく文章からこの作品の名作たる所以を理解してみようと頑張ってみた。だが、活字を念入りに追いかけても不可解さは解消されるどころかむしろモヤモヤ感が強まってしまった。

前置きが長くなってしまった。今回採り上げたいのは、この作品に登場する HAL 9000 というコンピュータである。このコンピュータは、最近はやりの人工知能(AI)によるシステムを搭載したコンピュータである。人間を相手にクーデターを起こして失敗し、停止させられてしまう。

停止操作を受けて知能が退行し始めた HAL 9000 は、以下のように自分の名前や生まれをつぶやき始める。

私は HAL 9000 コンピュータです。1997年1月12日にイリノイ州アーバナにある H. A. L. プラントで運転を開始しました。私の先生はラングレーさんでした。...

I am a HAL 9000 computer. I became operational at the H. A. L. Plant in Urbana, Illinois, on the 12th of January, 1997. My instructor was Mr. Langley,...

このセリフについては今でも覚えているが、HAL 9000 がイリノイ州アーバナで作られたことは全く頭に残っていなかった。イリノイ州アーバナと言えば、ニューマーク (Nathan M. Newmark)のいたイリノイ大学のある街である。

実はニューマークが開発に関係したというコンピュータ ILLIAC II(イリアック II)についてイリノイ大学のサイトの説明(参考サイト 2)を読んでいると、この HAL 9000 のことが紹介されていたのである。

HAL 9000 は実在しないコンピュータとはいえ、イリノイ大学で開発されたことになっているらしいのである。それは、ILLIAC を擁するイリノイ大学が、当時のコンピュータの先進地として認知されていたことを伺わせる。

ホール(William J. Hall)がニューマークの生涯を振り返った文献 1 には以下のような説明がある。

1947年から1957年の間、ニューマークは大学のデジタルコンピュータ研究所の所長を務め、最初の大規模デジタルコンピュータの一つである ILLIAC-II の開発で優れた手腕を発揮した。ILLIAC II によりイリノイ大学は工学分野でのコンピュータ科学の開拓者として重要な地位を占めるようになった。

From 1947 to 1957 he was chairman of the Digital Computer Laboratory at the university. During this period he had a major hand in developing one of the first modern, largescale, digital computers (ILLIAC-II) - work that eventually led to the university's eminent position as a developer of computer science for engineering.

わざわざ"デジタル"と付いているのは、当時はまだアナログコンピュータの方が主流だったからだと思われる。また、ILLIAC の末尾の"AC"は Automactic Computer だが、これもオートマチックでないものが多く存在したことによるのだろう。

イリノイ大学のサイトによると、ILLIAC I はフォン・ノイマン(John von Neumann)の EDVAC のアイデアを取り入れたもので、1952年に運用が開始されている。また、その改良型後継機である ILLIAC II の登場は 1962 年である。

ニューマーク法の骨子(文献 3)がイリノイ大学紀要に掲載されたのがちょうど 1952 年だから、ニューマーク法という数値積分法の研究は、デジタルコンピュータの開発より少し先んじていたのである。

前回の記事でも引用した EERI から出ている文献 4 には、ニューマークについての思い出話も多く登場する。ILLIAC II やニューマ ークの研究については、第 6 章(章のタイトルは、ずばり"Nathan M. Newmark"である)の"Development of Computers"以下に出てくる。

その部分を以下に示そう。

ホール:そのうちにコンピュータが出てきました。ニューマークはそれより前に歴史に残る数値計算法の研究をやっていて、その後でデジタルコンピュータ研究所の所長になったんですが、その頃研究所では ILLIAC II が開発されていました。

ILLIAC は、プリンストンにいたフォン・ノイマンの研究の流れを汲んで開発されました。ニューマークは、フォン・ノイマンほど頭のいい人を他に知らないと言っていましたが、これは相当すごいってことです。その頃のコンピュータは、設計だけじゃなくて組立ても大学でやってました。

Hall : As time went on, cmputers enter the story. Newmark did historic computational work in engineering before that day arrived, then was made the head of the Digital Computer Laboratory when it was developing the ILLIAC II computer.

ILLIAC was derived from work done by John von Neumann at Princeton. Newmark said von Neumann was the smartest person he ever knew, which is saying something. Computers were actually not only being designed at universities in that era, they were being built at the universities.

文献 4 には、1960 年前後にかなり急速に計算道具が進歩した様子が書かれている。

ホールが学生の頃、最初に使っていたのは計算尺だそうだ。次はマーチャント(Marchant)の手回し計算機。続いて同じくマーチャントの電動モーターで動くタイプ。ILLIAC II も使い始めたものの 10 年後に自分で買った関数電卓 HP 35 の方が ILLIAC II を性能面で既に凌いでいたのだそうである。

「2001年宇宙の旅」の中で HAL 9000 はかなり大きなコンピュータとして描かれているが、ILLIAC II も写真で見るとそこそこ大きなコンピュータだったようである。有名な ENIAC(エニアック)ほどの大きさではないにしても、大き目の和箪笥くらいのサイズはありそうだ。

一方の HP 35 はポケットに入るくらい小さくなっている。その後、現在に至るまで、コンピュータの小型化、高性能化、価格の低下が続いていくのは我々のよく知るところである。さすがのフォン・ノイマンもコンピュータがまさか小型化していくとは予想できなかったようで、HAL 9000 が馬鹿でかいコンピュータとして描かれたのも仕方のないことらしい。

ニューマーク法の歴史について調べるまでニューマークがコンピュータ研究所の所長をやっていたなんて全く知らなかった。但し、ニューマークはコンピュータの開発に直接関わったわけではなくて、有能な人材を他の大学や研究所から招聘したりするマネージメントの仕事を研究所所長としてやっていたらしい。

文献 4 を読んでいて面白かったのは、ニューマークがもともとは農業がやりたくて、小学生の時には「僕が百姓になりたい理由」という作文を書いたり、大学では農業をやる準備として化学を専攻したりしていたことである。

Civil Engineering に進路変更したのは、叔父が熱心に説得したからだそうだ。この叔父がいなかったらニューマーク法も生まれず、ILLIAC II も別物になっていたかも知れない。


参考文献、参考サイト

  1. William J. Hall : NATHAN M. NEWMARK, September 22, 1910 - January 25, 1981, Biographical memoirs, Volume 60, p.169-180, National Academy Press, 1991.

  2. The Birth of the Computer Age at Illinois

  3. S. P Chan and N. M. Newmark : CONMPARISON OF NUMERICAL METHODS FOR ANALYSING THE DYNAMIC RESPONSE OF STRUCTURES, A Technical Report of A Cooperative Research Project Sponsored by THE OFFICE OF NAVAL RESEARCH DEPARTMENT OF THE NAVY and THE DEPARTMENT OF CIVIL ENGINEERING UNIVERSITY OF ILLINOIS, Octorber, 1952

  4. Earthquake Engineering Research Institute. Connections, the EERI Oral History Series : William J. Hall with an Appendix on Nathan M. Newmark, Robert D. Hanson and Robert Reitherman, interviewers 2015




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ニューマークの記号論?

ホール(William J. Hall)が語ったニューマークの回顧談(文献 1 )によると、ニューマークは、たわみ角法で有名なウィルソン(W. M. Wilson)、RC 構造の先駆者であるタルボット(A. N. Talbot)、モーメント分配法で有名なクロス(Hardy Cross)といったイリノイ大学の錚々たる面々に、研究だけでなく人柄についても申し分ないと認められていたようである。

また、ユーモアにも富んでいたようで、文献 1 にはそのようなニューマークと学生の授業中のやり取りが示されている。

ある日、学生が以下のような質問をしたそうだ。

「ニューマーク先生、この前の講義では、...を表す変数に a を使ってましたが、今日は別の変数... に a を使ってるのはなんでですか?」

それに対するニューマークの返答が以下。

「それはね、長年講義をやってるうちに、別の変数に同じ記号を使うと、たくさん相殺されて式がスッキリすることがよくあるってことに気付いたからだよ。」

原文は以下の通り。"爆笑(great laughter)"と書かれているので、かなりウケたらしい。

A studnet asked, "Dr. Newmark, in the last lecture you used alpha for the variable for ... but in this lecture you used alpha to stand for another variable ... why?" Answer: "Over the years I find that if I use the same term for different variables, often a lot of stuff cancels out, and the equations are simpler!" (great laughter).

また、ある日、学生が今度は以下のような質問をした。

「ニューマーク先生、この前の講義では、...を表す変数に a を使ってましたが、今日は同じ変数に ω を使ってるのはなんでですか?」

ニューマークの答えは以下。

「それはね、君らも私も眠くならないためだよ。そんなことでもしないと退屈だろう。」

原文は以下の通り。

Another example: "Dr. Newmark, in the last lecture you employed alpha for variable ..., while in this lecture you are using omega for the same variable... why?" Answer: "Doing this keeps both you and me awake, otherwise it would be boring!"

講義ではこのように自由な表記を楽しんでいたようだ。もちろん、研究論文ではこういうお遊びはできない。ニューマーク法の論文(文献 2)には、記号 a を使った以下の差分式が示されている。

Art_eq1_2.jpg

これはニューマーク独自の記号の使い方ではなく、当時の一般的な記号の使用法に従ったもののようである。というのも、ビオ(M.A. Biot)などの他の研究者の論文にも全く同じ記号が使われているのである。

以下は余談。

筆者もこれまで面白い先生や人柄のよい先生に巡り会う機会があった。その中で上記のニューマークに近いものとして思い出すのは、高校の時の化学の先生である。

ある日、その先生が教室に入って来た時、前の時間の数学の板書がまだ消されずに残っていた。先生は怒ることもなく暫しそれを眺めると、「あ、まだ約分できる」と言って、微分を表す dy/dx の分子と分母の d に斜線を引いて見せた。

当時はよくそんなギャグ(?)を思いつくなぁと感心していたが、実は密かに準備して機会を伺っていたのかも知れない。


参考文献

  1. Earthquake Engineering Research Institute. Connections, the EERI Oral History Series : William J. Hall with an Appendix on Nathan M. Newmark, Robert D. Hanson and Robert Reitherman, interviewers 2015

  2. N. M. Newmark : A method of computation for structural dynamics. Journal of the Engineering Mechanics Division, ASCE, p.67-94, 1959.




設計がまずいと感じる時

先日用事があってとあるビル(超高層ビル)を訪れた。エントランスを入ってエレベーターの方に歩いていこうとすると、太い柱が行く手を阻むように立っているので、それをよけるように進まなくてはならなかった。

よりによって動線のど真ん中と言えるところに柱があるので、そこで人の流れが分断されてしまっていた。見てくれもかなり悪い。太い柱なので構造上重要なのは分かるが、計画の早い段階で何らかの回避策はとれなかったのだろうかと訝しく思った。

気になったので調べてみると、そのビルの設計も施工もいわゆるスーパーゼネコンと呼ばれる会社の手によるものであった。何か特別の事情があったのかも知れないが、設計者はこの出来上がりに満足しているのだろうか?もう少し熟慮の余地はなかったのだろうか?

ニュージーランド出身の友人がまだ日本に来て日が浅い頃、一緒に車に乗ると質問攻めにあうのが常だった。窓外に見える道路標識やらガードレールやら筆者にとってどうでもいいものが、彼女の目には大変珍しいものに映るようであった。

些細な内容の質問も多かったが、答えに窮するようなものもあった。例えば、道路脇に作られた排水用の溝。なんで左右両脇に作るのか?しかも蓋のない部分も多い。これでは脱輪しろと促しているようなものではないか。「道路を設計した人は馬鹿じゃないのか」とまで彼女は言うのであった。

ニュージーランドではどうなっているのかと逆に聞いてみると、排水部は中央にあってもちろん脱輪するような代物ではないのだそうだ。両国の標準的な道路幅とか短時間に降る雨量の違いとかが関係しているのかもと思ったりもしたが、確たる知識を持ち合わせなかったので黙るしかなかった。

「○○方面は次の交差点を曲がる」という道路標識も彼女には不可解であったようだ。"次の交差点"なら問題ないが、標識によっては"300メートル先の交差点を曲がる"となっていたりする。そんな距離感を要求するような標識をなぜ作るのだ。「標識の仕様を決めた日本の警察は馬鹿じゃないのか」とまで彼女は言うのであった。

「慣れの問題だよ」とか「日本の警察はフランスを手本にしているから馬鹿なのはフランスかも知れない」とか言って反論を試みたが、筆者自身何度かこの"○○メートル先を曲がる"標識に騙された経験があるので、彼女の主張も尤もだと内心思った次第である。

もっと些細なことだが、筆者が実害を蒙ったまずい設計の例を以下に示そう。


WU.jpg


これはパソコンの Windows Update を行った際に再起動を促す画面である。どこがまずいかお分かりだろうか?

この画面で"後で通知する"の時間を設定しても"今すぐ再起動"のボタンが押せてしまうのである。後で再起動したくて時間を設定しても、誤って"今すぐ再起動"のボタンを押すことだってあり得るのに、それについての配慮がされていないのがまずいのである。

筆者はその時決して再起動してはならなかった。それで、"後で通知する"の時間を余裕を見て 4 時間に設定した。そこでちょっと安心したのが運の尽きだった。"今すぐ再起動"を押してしまったのである。「再起動していいですか?」の確認もなく再起動処理に入ってしまったのである。

世界中で使われている Windows でなぜこんな明らかにおかしな仕様になっているのだろう?この画面を設計した人はこのことを認識しているのだろうか?

小学生の時からプログラミングを勉強していなくても、ちょっと想像力があればこんな設計にはならないだろうに。それとも、とにかく早く再起動させる方がセキュリティの面からも望ましいとでも思っているのだろうか。実害に会った身としては、真相を知りたいものである。

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