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建築構造学事始

防災訓練や都市防災のことなど

数年前に自分の住んでいる地域の防災訓練に初めて参加して驚いたのは、高齢者が多いことと避難場所に集合した後にバケツリレーの実演のあったことだ。バケツリレーの練習というと、竹槍で藁人形みたいのを突き刺す訓練とセットというのが筆者の勝手なイメージである。

... とは言い過ぎかもしれないが、そのような訓練が行われている地域が今も存在するにしても、自分が間近に目撃することになろうとは予想していなかった。「今でもこんなことがやられてるのか」と唖然としてしまった次第である。

筆者の家の近くには、数は少ないながらも屋外に消火器や消火栓が設置されているし、どこかの家庭の水道からホースで水を引くという手もあるので、どうしてもバケツリレーが活躍する状況が思い浮かばない。

また、大抵の人が経験したことがあるように、燃え盛る火の近くにはとてもじゃないが長い時間居られたものではない。大丈夫なように火からの距離を確保すると、今度はバケツの水を火に届くように掛けるのが至難の業となる。

そもそも、それくらいの火勢になってしまうとバケツの水ではもはや消化できないだろうし、有害なガスが出る恐れも考えないといけない。なおのことバケツリレーなんかが有効な状況は少ないと言ってよさそうだ。

仮にバケツリレーが役に立つような場面があったとしても、高齢者が多いこのご時世却って危険を招くことの方が多いのではないだろうか。外見上健康そうに見え、日常生活を送るのに支障のない人でも、日頃経験のない連続運動による負荷が掛かると思わぬ心身の不具合を引き起こすことだってあり得るだろう。

筆者の参加した防災訓練は、「訓練のための訓練」といった類のもので、とても実践的とは言えるものではなかった。まずは防災意識を持ってもらおうというのが主旨なのだと解釈している。

消防車や起震車も来ていて、起震車では震度7の揺れも再現されていたが、安全に配慮してか震度7といっても少し"甘め"に設定されているように見受けられた(参加した子供らは怖いというより楽しそうであった)。

同じ震度7なら阪神淡路の時のコンビニの防犯カメラに記録された "例の" 映像を見てもらう方が危機感を持ってもらうのには有効と思われる。この映像は建築構造関係の人たちの間では「当たり前」かも知れないが、一般の人の場合は見たことがないという人も多いのではないだろうか。

筆者はこの映像を初めて見た時には本当に驚き慄いてしまった。コンビニ店内にいる人や商品棚が突き上げられ掻き回される様はとても地震の揺れとは思えない。"振動論"とか"漸増塑性崩壊"なんて専門用語に意味があるのかと思うほどの揺れである。こんな地震もあることを知っているのと知らないのでは防災意識も自ずと違ってくるだろう。

そういう意味では、ディスカバリーチャンネル(Discovery Channel)から出ている「災害警報 地震(Raging Planet Earthquake)」という DVD(以下「地震」と呼ぶことにする)の視聴も防災の啓蒙に有効かと思われる。2002 年に出たやや古いものなので、東日本大震災などは入っていないが、アメリカ、メキシコ、イタリア、アルメニア、中国そして日本などで過去に起きた地震時の映像が多く収められている。

「地震」では、日本の都市の状況や避難訓練の様子などの映像も流れる。それらを説明するナレーションは日本の状況に対する皮肉をかなり含んでいるように聞こえる。つまり、「日本よ、そんなんで大丈夫?」と問われている気がするのである。

例えば、河川敷で行われている避難訓練(京都のどこかで行われたものらしい)は、筆者が参加したものよりずっと大規模なものであるが、どこか危機感が欠如している感じがするところは同じで、「災害は決められた段取り通りに起きるわけではない」といったナレーションには深く頷いてしまうのである。

残念なことに(?)「地震」にはバケツリレー訓練の様子もばっちり収められている。その訓練では、危険だからか火は使用されておらず、重いからかバケツには僅かの水しか入っていない。そんなわけで最後に水を掛ける役目の人は、本来火が燃えているはずの方向を見ようともせず、片手でバケツをひっくり返して水を捨てて終わりである。やらされている感満載なのである。

そのような状況を見ると、訓練によって却って「考えない人」が生み出されていないかと心配になる。地震の時にテーブルの下に隠れるのは、建物の躯体自体は大丈夫であるという前提がある。倒壊確実のあばら家に住んでいるなら、戸外に飛び出した方が死なずに済むことだってあるだろう。

訓練させる側は平均値が上がるのを良しとするのかもしれないが、個人にとっては自分が助かることが専決であって平均値などは問題ではないはずである。

「地震」には、東京のどこかだろうか、人々の頭上に何十にも重なった電線が渡されている様子も映し出される。電柱が倒れて電線が垂れると感電や火災の恐れがある。道が塞がれれば避難もままならない。

電線の地中化は防災上有用で景観も改善されるので投資する価値があると思うのだが、地中化が進んでいるという話はあまり聞かない。 地中化には筆者の窺い知れない何か大きなデメリットでもあるのだろうか。

お茶の水の聖橋から眺める秋葉原方面の景色はなかなか壮観である。前回の記事でも採り上げた文献 1 には、「東京を代表する都市景観のひとつ」と書かれているし、文献 2 にも秋本氏の筆による"扉絵 "としてこの景色が掲載されている(p.185)。

だが、「地震」では、危険を孕む都市といったニュアンスでこの景色が採り上げられている。

確かにそういった目で見れば、丸ノ内線と中央線が立体的に交差しているし重厚な橋梁が連続しているしで、脱線や倒壊なんかが起きた日には被害は甚大となるだろう。さらに注意してみると、川沿いには一部古い木造と思しき建物がひしめいていて火災のリスクもある。もし一帯が大火になれば、鋼橋は熱に弱いので溶け落ちるなんてことも無きにしも非ずである。

ディスカバリーチャンネルだから制作したのはアメリカ人であろうか?この場所を見つけ出したことには感心してしまった。聖橋は現在工事中で、筆者が訪れた時も工事用の足場などで橋が覆われていた。橋の上から良いアングルの写真が撮れなかったので、少し秋葉原側に下った場所(そこには鉄道写真専門の人たちが何人かいた)から撮った写真を以下に載せておこう。

fig_H_B.jpg



参考文献

  1. 伊藤 孝:東京再発見 岩波新書 1993年5月

  2. 秋本 治:両さんと歩く下町 - 『こち亀』の扉絵で綴る東京情景 集英社新書 2004年11月




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ついでに御茶ノ水まで

先日(といっても数か月前)、ネットのニュースサイトに出ていたひろゆき氏(2ちゃんねるを作った人)のインタビュー記事を読んでいて気になるものに出くわした。

その気になるものとは、記事の内容ではなくて、その記事に付いていた氏の近影であった。もっと正確にいうなら、氏の背後に写っていた特徴的な緑色をした橋梁である。

初めは「なんか見覚えあるなぁ」くらいだったが、だんだんと「そうだ、あの橋に違いない」と確信するまでになってきたので、手近にある本で確認してみると、やはり思った通りであった。その橋は、秋葉原駅近くにある「松住町架道橋」だったのである。

前回の記事で書いたように、筆者は阿部美樹志の「外濠橋」を目指して東京駅を出発した。「外濠橋」の現状に嘆息しつつもそれなりに満足してそこを後にした。

その後、JR 線沿いにアーチを見物しながら神田、秋葉原を経て御茶ノ水までを歩いてみた。この辺りは橋梁も含めてインフラの構成が何とも興味深いと前々から思っていたからである。

この行程で「松住町架道橋」の写真も撮ってきたので以下に示そう。

fig_matsuzumi.png

ゴテゴテして古臭さが否めないが、この意匠を筆者は結構気に入っている。この橋を電車が通過する際に立てるゴトゴトという音も"古き大都会"のイメージを想起させて何だかノスタルジーを感じるのである。

ぱっと見シドニーのハーバーブリッジ、またはその"元ネタ"のニューヨークのヘルゲート橋に似ているが、ハーバーブリッジやヘルゲート橋はもっとスラリとした感じがするのはプロポーションの違いからだろうか。

「松住町架道橋」に続けて架けられているのは、「神田川橋梁」である。その写真も以下に示そう。

fig_kandagawa.png

「松住町架道橋」より幾分軽やかな感じがするものの、やはり時代を感じさせる意匠である。

かなり古い本であるが、文献 1 (数年前に古本屋で 100 円で購入)を読み返していると、これらの橋について言及されている部分を見つけたので以下に示そう(II アーチの空中回廊、2 天空に連なるアーチ群、(2) お茶の水・秋葉原間の高架橋)。

 お茶の水・秋葉原間の高架橋は、中央線に乗っていると、よくみえるので、なじみの方も多いと思う。名前を知らなくても、キリンが足を広げたように神田川をまたいでいる橋や、つづいて道路をまたぐ大きなアーチ橋は、ご覧になったことがあるのではなかろうか。

 最初の橋は、神田川橋梁。名前は、ごく平凡である。このような形式にしたのは、経済面と同時に橋の外観も考慮したため、といわれる。単径間で川をわたるとスパンが長くなって不経済になるので、中間に神田川をまたぐ橋脚を設置して工事費を安くしている。

このような形は、わが国でははじめてであった。景観的な面でも配慮が加えられ、上流にある聖橋やお茶の水橋をたぶんに意識して設計された。


この本では御茶ノ水から秋葉原方面へと話が進めてあるので、登場する橋の順番が筆者の採り上げた順番とは逆になっている。「キリンが足を広げたように神田川をまたいでいる橋」(この表現には感心してしまった。まさにそんな感じである)が神田川橋梁で、「道路をまたぐ大きなアーチ橋」の方が松住町架道橋である(下記)。

続いてかかる橋は、松住町架道橋である。橋下は、外堀通り道路が交差し、当時は、市電の交差点でもあった。そのため道路上に橋脚を立てることは無理なので、スパン七二 m のタイド・アーチ橋にした。これも鉄道橋としてははじめてである。

だが道路橋のタイド・アーチ橋は、すでに大正三年に架設されていた。品川駅の近く、東海道が東海道線をまたぐところに架けられた「帝都の門」の八ツ山橋(前述)である。鉄道省では、この橋の架設に自信をえて松住町架道橋を架設した。

周りのビルが高くなったとはいえ、聖橋の上からながめる秋葉原方面の景色は、今でも東京を代表する都市景観のひとつになっている。これらの橋は、橋梁史のなかでもよく知られた橋で、名橋のひとつに数えられている。

さて、冒頭のひろゆき氏であるが、松住町架道橋の角度などの分析から氏が大体どの辺りで撮影されたかまで分かってしまった。だが、この橋がたまたま写り込んでしまったのかそれとも氏が「橋梁マニア」で敢えてこの場所を撮影ポイントに選んだのかはよく分からない。。


参考文献

  1. 伊藤 孝:東京再発見 岩波新書 1993年5月




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Author:かすみ
建築構造を生業とする者です。

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