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2013
11.19

耐震設計への道を拓いた男:アルトゥーロ・ダヌッソ (8)

Category: 建築構造史
設計に静的水平力を導入したことを“画期的で大胆”と書いたが、私が初めて層せん断力係数を用いる設計法について学んだ際には、特に何も感じることは無かったというのが正直なところだ。

この荷重のモデル化が、耐震設計史上画期的なことであったと教えられたのは、大崎順彦氏の「地震と建築」を読んだ時である。そこには、佐野利器の「家屋耐震構造論(1916年)」の震度に関するいくつかの文を引用した後、以下のように書かれている。

「まさにこの論文は、それまではどうにも手が付けられなくて、半ば諦めるよりなかった地震の破壊力を、震度と言う概念で生捕りにして、建築の設計という体系の中へ組み込んだ世界最初の壮挙なのである。」

ただ、この文章中の“世界最初の壮挙”の部分は、日本人としては残念だけれど、誤りなのだろう。この稿で話題としているように、既に1909年にイタリアでなされているのだから。

ダヌッソと佐野利器の考えたことを比べてみると面白い。どちらもダランベールの原理に立脚しているところは同じだが、佐野は地震の最大加速度に注目しているのに対して、ダヌッソは加速度の応答倍率を問題にしている。

似ているようだが、ダヌッソは建物自身の振動が重要であると考えたのに対し、佐野は剛体に近いような剛構造を前提としていたと思われる。佐野はウェストや大森房吉の流れを汲んで、剛体に近い構造に理論の適用を留めたのかも知れない(ウェストは、剛体の転倒に関するウェストの公式で知られる)。

ダヌッソに近いのは、佐野利器よりも真島健三郎である。ダヌッソは、“構造物に入力される地震エネルギーを可能な限り遮断するには、建物を振動挙動に強固に抵抗させるのではなく、素直に追従させるべきである”と言っているが、これは正に真島健三郎の主張と一致する。

世界的に見ると、柔剛論争における柔派の考えに属すであろう人はダヌッソの他にもいるが、これについては、また別稿で書いてみたい。

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