--
--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2016
11.12

構造が意匠になる時?

Category: その他
もう数年も前のことになるが、インドネシアの某施設建設プロジェクトに参加された土木系のとある先生から完成した施設の写真を見せてもらったことがある。青々とした美しい山の斜面に巨大な配管がむき出しで敷設されていて、これぞ環境破壊と呼べるような様相を呈していた。

その先生が仰るには「彼らはこういうのがバーンと見えてる方が「どや、俺たちはこんなすごいもん作れるんや」と誇らしい気持ちになるんですよ」とのことで、景観保全などそんなに気にしなくてもよいという口ぶりであった。

筆者はその時その意見には賛同できなくて「先進国目線で勝手に決めつけていないだろうか?」と内心訝しく思ったのだが、その後だんだんと筆者の心境も変わってきた。その先生が仰っていたことも強ち外れてはいないのかも、と思うようになったのである。

もちろん環境破壊が良いとかいうことではなくて、人々が建物や構造物の外観に求めるものは、社会的な背景などの影響を知らず知らずのうちに受けているのだなと今更ながら思い至った訳である。

以下は"社会的な背景"の影響というわけではないので性質が異なるかもしれないが、意匠センスが変わってきている例と言えないだろうか。

一つ目の例は、某所で撮影した商業ビルの写真である。

art139_fig1.jpg

ショーウィンドウであるガラス張りの大きな開口部にブレースが目立つように設置されている。まるでブレースを展示しているのかと見紛うほどである。光を浴びたその外観はスッキリとしていて、美しいと言えなくもない。見せることを意識してデバイスが選択されたのではないだろうか。

次の写真は某大学内で撮影したものである。

art139_fig2.jpg


見ての通り鋼ブレースで耐震補強されている。ブレースを隠そうと思えば隠せると思うがそうしていない。それどころか目立つ赤色である。敢えて見せるようにしていると思われる。

小学校などでも後付けのブレースを配置した校舎を最近よく見かける。教室の窓を太い部材が斜めに塞いでいるので、中にいる生徒は眺望が遮られて嫌な思いをしているのではないかと気になるが、力強く頑丈そうに見えるので案外父兄受けはいいのではないだろうか。

本来無粋であったものが格好よく見えるほどに美的感覚が変わってきた、とまでは言えないかもしれない。だが、安心感ならぬ"安心観"を無意識に優先するようになってきているとも思えるのである。


スポンサーサイト

トラックバックURL
http://ksmknd16.blog.fc2.com/tb.php/139-ceeba2d2
トラックバック
コメント
管理者にだけ表示を許可する
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。