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2017
02.12

直感に反する設計結果(ハンブリーのパラドックス)

Category: 構造設計
以前書いた「ライトの3本脚の椅子は安定か」という記事では、フランク・ロイド・ライトが設計した3本脚の椅子を採り上げた。ライト自身が使用中に転倒してしまったことから、この椅子はその後4本脚に変更されたのである。

椅子は3本脚よりも4本脚の方が安定性が良い。では、いつも4本脚の方が良いかというと、実はそうでもないというのが今回の記事の話である。ただ、ここで採りあげる椅子は、背もたれや肘掛のあるチェア(chair)ではなく、座面に脚が付いただけのスツール(stool)と呼ばれるものである。

以下の問題を考えてみよう。

問題1:体重 60 kgf の人が腰掛ける3本脚のスツールを設計するとする。各脚に掛かる力をいくらと考えて設計すべきであろうか?1)

中央に腰掛け、スツールは対称といったフツーの条件なら、答えはもちろん 20 kgf である。

では、次の問題はどうだろう?

問題2:体重 60 kgf の人が腰掛ける座面が正方形の4本脚のスツールを設計するとする。各脚は4隅にあり、先程と同じくスツールも載荷条件も対称とする。各脚に掛かる力をいくらと考えて設計すべきであろうか?

15 kgf というのは必ずしも正しい答えではない。15 kgf と考えて設計すると、場合によっては大変危険なスツールが出来上てしまう。実は 20 kgf でもまだ十分ではないのである。脚が一本増えたのに、負担すべき力が増えるなんてそんなことってあるだろうか?

この直感的に受け入れがたい設計結果への解説を以下に示そう。文献1の第10章 "Scholium 2" からの引用である(拙訳と原文を併記)。

丈夫でほとんど変形しない(4本脚の)スツールが、硬くてほとんど変形しない床の上に置かれるなら、3本の脚は床に着いて腰かける人の体重を支えるだろうが、4番目の脚は床から浮くのでガタガタするだろう。

この4番目の脚が床から 1 mm にも満たないほど僅かにしか浮いてないとしても、負担する力はゼロであることは明らかである。簡単な静力学によれば、対角上にある脚もたとえ床に着いているように見えても、その負担する力は同じくゼロとなるだろう。

つまるところ、腰かける人の体重は残りの2本の脚で対称に支持されるので、各脚は 30 kgf の力を支えられるように設計されなければならないことになる。

スツールは不規則にでこぼこした床に置かれると考えられるので、どの脚が床に着くかを前もって決めることはできない。そのため、どの脚も 30 kgf を支持するように設計されなければならない。

これは、4番目の脚を追加すると、各脚が設計上負担すべき力が減るどころか却って増えることになるというパラドックスである。

A robust, nearly rigid milking stool, standing on a firm, nearly rigid milking-shed floor, will rock; three of the legs will appear to be in contact, supporting the weight of the milkmaid, but the fourth will be clear of the floor.

If this fourth leg is clear by only a fraction of a millimetre, then it is certain that the force it is carrying is zero. By simple statics, the force in the leg diagonally opposite will also be zero, even if it seems to be touching the floor.

The weight of the milkmaid is in fact supported symmetrically by the other two legs of the stool, and each must therefore be designed to carry a force of 300 N.

Now the stool may be imagined to be placed on a randomly rough floor, and there is no way of deciding a priori which legs are in contact - all legs must therefore be designed to carry a force of 300 N.

This is the paradox - the addition of a fourth leg implies an increase, rather than a decrease, in the foroe for which each leg must be designed.

原文の 300 N は、拙訳では 30 kgf に変更している。また、スツールに腰かける人は、原文では milkmaid 2)となっているだが、これも特に必然性を感じなかったので訳していない。

"パラドックス"とあるように、この問題は、提唱者であるイギリス人構造家ハンブリー(Edmund Hambly)の名を取って「ハンブリーのパラドックス」と呼ばれている3)

パラドックスとは、一見誤りのようで実は正しいこと、あるいは一見正しいようで実は誤りのことを指すが、上記の話は前者のケースである。つまり、このようなことが実際に起きるのである。

とても起きそうにないと思われるかもしれない。しかし、このことは実験でも確かめられるのである。文献1には、ハンブリーは不静定構造物の設計の難しさを示すのにこのような教訓めいた例を示した、とある。この辺りのことは、現代のイギリスの設計規準の内容に繋がってくるものでもある。

引き続き文献1の説明を見ていきたいが、今回はここまでということで。。。


1) 本問題の引用元の文献 1 では体重 600 N となっている。だが、「体重は 600 N です」との言い方より「体重は 60 kg です」の方が馴染みがあると思われる。ここでも kg としたかったが、kgf としておかないと、"脚に掛かる力"のところで行き詰まるので、重量の単位として正確な kgf と書くことにした。

2) Milkmaid に当たる日本語は何であろう? Maid だけなら、メイドまたはお手伝いさんだが、milk が付いているので筆者ははじめ乳母のことかと思ったのである。だが、辞書を見て、出す人ではなくて搾る人であると判明した。そのような職業従事者の呼び名はおそらく日本にはないだろう。

3) 文献2は、文献1に載せてあるものを示しただけで、筆者は目を通していない。調べてみると、文献2はイギリス王立研究所の「金曜講話」として1985年2月に発表されたもののようである。講話のタイトルは、「オイルリグ(石油掘削装置)は、ニュートンの調べにあわせて踊る」である。時間が出来たら是非入手して読んでみたい。


参考文献

  1. Jacques Heyman : Structural Analysis: A Historical Approach, Cambridge University Press, Cambridge 1998.

  2. E.C.Hambly : Oil rigs dance to Newtons tune. Proceedings of the Royal Institution of Great Britain, 57, 79-104.
    February 8th 1985.



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