2017
10.31

ビルトイン応力をどう考える?(その2)

Category: 建築構造史
最近よく聞く言葉に「一周まわって○○」というのがある。オフィシャルな場でこの言葉を聞かされた時には面食らってしまったが、なかなか言い得て妙な表現だと感心してしまった。というのもそういった現象をよく見かけるからである。

例えば、建物のデザインもその例と言えそうである。はじめは簡素な意匠からスタートするが、だんだん装飾が付き始め、その装飾が過度になり、明らかに不要なものまで付くに及んでこれではあんまりだと再び簡素に回帰するといったサイクルがあるように思える。

コンピュータ関連用語としての"クラウド"も最近頻繁に耳にする言葉である。データや機能の多くをサーバー側が受け持つ構成である。これも二昔前くらいの、端末から大型コンピューターにアクセスする形態に少なくとも概念上は戻ったと言えそうだ。個々のクライアントで管理するよりセキュリティ上も安全と思われているようだが、そのうち大規模な情報漏洩などの事故が起きるかもしれない。そうするとまたクライアント主体に戻そうなんてことになるのかも知れない。

前置きが長くなったが、何の話かというと塑性設計についてである。塑性設計も"一周まわった"のかも知れない。というのも最近は地震時に建物を塑性化させないように設計すべきとの意見をよく聞くようになったからである。

「弾性設計」が叫ばれるようになった背景には、人命は助かっても地震後に建物が使えないのでは困るという社会的な要請があるようである。また、社会全体のコストとして考えるなら、地震で壊れた建物や街を修復するよりも始めから壊さないように作っておくほうが安上がりということもあるようだ。この現実的な選択肢は、耐震より免震であろうか。

「建築物のリミットデザイン」は、まだ牧歌的(?)な時代のものであり、塑性設計がこれから広まろうとする時点で書かれたものである。弾性計算に基づく許容応力度設計の不合理さや矛盾点がこれでもかというほど挙げられていて、本の内容を一言で要約するな"塑性設計のすすめ"であろうか。

前回からの続きを見ていこう。

 温度応力のような現象を正面からとらえて設計して行こうという立場をとりながら、長期許容応力度はそのまま固執しようという人達の中にも次の様な二つの考えがある様である。

第一は塑性を容認して行こうという塑性許容型の人達である。この人達は起り得る応力をできるだけ忠実に計算して行くが、許容応力度で抑えると断面が太くなって困るので塑性を考慮に入れようとしている。

即ち「弾性計算にせよ、塑性計算にせよ、いずれも構造設計の武器であるから、弾性計算のみに縛られる必要はなく、適当に塑性計算を取り入れればよい。これを使いこなすことは設計者の自由である」(竹山謙三郎:再び構造計算法と建築物の安全性について、建築雑誌、昭和 30 年 6 月)という考え方である。

非常に自由な考え方でよい様に思えるが、長期許容応力度が存在する限り、この応力を超える応力が生じてはいけないから、どうしても許容応力度の大きさで塑性域が生ずると考えなければ工合が悪くなる。

塑性域が全然生じない低い応力で、塑性を認めるのであるからこの様な考え方は現象に忠実ならんとする立場から見ると、大分無理な考え方になっているわけである。事実をゆがめて見ることになっている。弾性計算や塑性計算を自由に使いこなす為には、応力は降伏点まで上り得るように低い許容応力を撤廃しなければ塑性計算は使いこなすことはできない。

竹山謙三郎は、"守旧派"の代表である。それでこの本では何度も攻撃対象(と言っては言い過ぎだが)として登場する。

 次の型は、長期許容応力度を超えることが起るのは時と場合によっては仕方がないが、超えた時には建築主事を説得するか、建築主事にあやまればよいという建築主事陳謝型である。この考え方は大変素直である。
 
 が、建築主事というものは建築基準法を守るのがその役目であるから、法規が犯されているのを許すわけにはいくまいし、設計者の側から云えば、施工順序とか、工作上の歪みとか、温度応力とか、現象をこまかに取り上げる優れた技術者程、謝る回数が多いのでは、長期許容応力度は良心的技術者を謝らす為に存在するようなものであると云えないだろうか。

 こう考えて来ると「できるだけ真実に近い応力を計算して、それを許容応力度以内におさめる」という現行設計法の立場の中で、「真実に近い応力を計算すること」と「応力を許容応力度以内に収めること」とは衝突するものであることが明らかになった。

そこで「真実に近い応力を計算すること」と「応力を許容応力度以内に収めること」との、どちらかに軍配を上げなければおさまらないわけであるが、科学技術者の立場として「真実」に退場願うわけにはいかない。どうしても「許容応力度」に引きさがって貰う以外に手がないように思う。

この辺りは"現場"を経験する人と意見の分かれるところだろうか。これまで問題ないのであればなるべくは変えたくないという心理が現場にはあるように思える。

この後に塑性崩壊荷重は元応力や元歪の影響を受けないことを示す簡単な例題が示されている。引用しようとすると図を作ったりと大変なのでこれは省略して先に進もう。

 このような遊戯じみた簡単な例題一つから、崩壊荷重は温度応力や基礎沈下に無関係に一定であることを結論づけるのは早計であると考えられる心配性の方の為に、再びここに梅村魁博士の論文(塑性ラーメンの自己歪応力と終局強度、建築学会研究報告、第 31 号、昭和 30 年 5 月) から引用さして頂こう。『完全塑性をもつラーメンの崩壊荷重は自己歪応力の有無に無関係である

 更に権威をそえる為に limit design の総本山である Brown 大学の Prager 教授一派の論文から、次の定理を引用しておこう。

Initial stress or deformations have no effect on collapse providing the geometry is essentially unaltered.』 (D. C. Drucker, W. Prager, H. J. Greenberg, : Extended limit theorems for continuous media, Q. Appl. Math. Vol. IX, No. 4, 1952)

 温度応力や基礎沈下による応力などは構造物が崩壊する荷重 - 終局荷重 - には関係がないわけであるから、構造物の強さを確保するという立場からは、取り上げる必要はない。

応力の大きさに重きを置く現行の設計法の考え方では、応力が許容応力度を超えて困ることが屡々起るが、構造物が荷重を支える能力を基準にして考える設計法 - 終局荷重設計法 - では、温度変化や基礎沈下によって起る応力の大きさは取り上げる必要がないわけである。


LRFDや限界状態設計と呼ばれる設計法では、荷重と耐力(または抵抗)とを比較することで構造物の設計が行われる。許容応力度設計法とは設計思想が異なっているわけだが、許容応力度設計法も特殊な条件での LRFD と言えるので、LRFD のカテゴリーに含めることもできる。

引用が長くなってしまうが、あと少しなので最後まで書き写してしまおう。

 それでは、温度変化や基礎沈下は全然問題にする必要はないか - というと、そういうわけにはゆかない。構造物は常時に於て大変形を起しては困るからである。従って、温度変化や基礎沈下の問題は変形の面から取り上げるべきである。

問題は応力の大きさが許容応力を超えるかどうかにあるのではなくて、温度変化や基礎沈下などによって、変形が使用上の障害になる程大きいかどうかにある。変形の大きさがどの位で障害になるかという事について、現在ハッキリ定った規準もないし、又どう計算にのせるかという事も今後の研究問題であるが、何れは解決されていかねばならない問題である。

 ともあれ、温度変化や基礎沈下の問題を構造計算にのせていこうとするとき、計算が強度確保を目的とするものであれ、使用上の障害防止を目標とするものであれ、許容応力度を用いて、応力の大きさをチェックすることは無意味である。

強度計算は終局荷重で行い、変形計算は変形計算で別に計算するような設計法を確立しなければならない。低い許容応力で強さも変形もカバーしようというのでは、少々慾が深すぎるようである。(「建築界」昭和 30 年 12 月 田中)

温度変化や基礎沈下が崩壊荷重に影響しないというのは教科書的には正しいことだろうが、先日書いたようにハウスナーはビルトイン応力の影響によって想定していない崩壊が起きる可能性があるとしてこれに異論を唱えている。

鉄筋コンクリートの授業で鉄筋とコンクリートの熱膨張率がほぼ同じというのを教わったときは「へぇー、なんともありがたい偶然の一致」とえらく感心した記憶があるが、よくよく考えると事はそんなに単純ではないのかも知れない。

RCのはりや柱の内部の温度勾配の存在や鉄筋とコンクリートの比熱の違いなどを考慮すると、鉄筋とコンクリートが仲良く同じ温度の状態にあるのか疑問に思えるのである(誰かその辺に詳しい方がいたら教えて下さい)。



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