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建築構造学事始

ティモシェンコは退屈な先生だった?

EERI から出ているハウスナー(G. W. Housner)のインタビュー記事(文献 1)では、ハウスナーが学生の時に直接教えを受けたティモシェンコ(S. P. Timoshenko)とフォン・カルマン(Theodore von Karman)の講義の様子が語られている。

以下がその部分(p.4 "Stephen Timoshenko : Made a Big Impression")で、インタビュアーは、スコット氏(Stanley Scott)である(拙訳と原文)。

ハウスナー : 教授たちの中で私が特に感銘を受けたのはティモシェンコでした。ティモシェンコはその頃ミシガン大学にいて、私は彼の講義を二つ取りました。一つは弾性論、もう一つは板とシェルの理論の講義でした。ティモシェンコと他の教授達とでは力量の差がはっきりしていました。

スコット : ティモシェンコといえば、アメリカ工学界、いやヨーロッパ工学界でも重領だったんですよね。

ハウスナー : ええ、ティモシェンコは大御所でした。彼は1920年代、ロシア革命後にアメリカにやって来てウエスティングハウス研究所で 2、3 年働いた後、ミシガン大学に移りました。

第二次大戦が終わるまでアナーバーにいて、その後スタンフォード大学に移り、そこに長く居ました。今 UC バークレーにいるポポフ(Egor Popov)は、ティモシェンコのスタンフォードでの博士課程の学生でした。ティモシェンコはスタンフォードを退職後、スイスに戻って娘と暮らしました。

テイモシェンコはアメリカにかなり否定的な印象を持っていました。聞いた話では、ティモシェンコがアナーバーにいた頃に学生がやって来て彼の部屋をノックしたそうです。「どうぞ」と言うと、その学生は毛糸の帽子を被ったまま入ってきて、部屋の中でも帽子を取らなかった。それでティモシェンコは、自分は未開人と暮らしているという思いを強くしたようです。そしてそのような蟠りが消えることは無かったようです。

スコット : ティモシェンコの授業はどうでした?

ハウスナー : とても面白かったですよ。アナーバーの他の誰よりもその科目では徹底しているように見えました。その後カルテックではフォン・カルマンの講義を取りましたが、二人の違いは際立っていました。

ティモシェンコは「黒板の芸術家」とでも言えるような人でした。彼は教室にやって来て話をし、ずっとそれを黒板に書き付けました。何もかもがきっちりと完壁に進んで、ちょうど講義が終わる頃に黒板が埋め尽くされるのです。

それとは対照的に、フォン・カルマンが黒板に書くものは全く整理されていませんでした。後で分かったんですが、ティモシェンコのやり方は難しさを隠してしまったものでした。全てがすっきりしていたんです。

フォン・カルマンは難しいことの方に主眼を置いていました。フォン・カルマンの講義の方が私にとっては断然勉強になりました。彼は私たち学生に自分自身で課題を検討する術を教えてくれたわけですから。

Housner : The one professor who did make a big impression on me was Professor Stephen Timoshenko, who was then at Michigan, and I took a couple of courses from him. One was on the theory of elasticity, and the other the theory of plates and shells. It was clear that Timoshenko was of a different caliber from the others.

Scott : Timoshenko was a major figure in engineering in the U.S., and also in Europe, I believe.

Housner : Yes, he was a major figure. In the 1920s, after the Russian Revolution, he came over to the United States and got a job at the Westinghouse Research Laboratory for a few years, and then went to the University of Michigan.

He stayed at Ann Arbor until after World War II, and then he moved to Stanford University and was there for quite a number of years. Egor Popov, now at UC Berkeley, was one of his Ph.D. students at Stanford. When he retired from Stanford, he went back to Switzerland and lived with his daughter there,

Timoshenko had a very dim view of America. The word was that one winter day in Ann Arbor a student came to his office and knocked on the door. "Come in." The student came in wearing a stocking cap, which he did not take off when he entered. That episode seemed to have convinced Timoshenko he was in with barbarians, and he apparently never got over that feeling.

Scott : What were Timoshenko's classes like?

Housner : They were very interesting, and looked at the subject more rigorously than the others at Ann Arbor did. Later on, when I was at Caltech, I had a couple of courses from Theodore von Karman, and found the difference between the two really striking.

Timoshenko was what you would call a "blackboard artist." He came to class and talked, and all the time put it on the board. It all went neatly and perfectly, until just at the end of the hour he would get to the end of the board.

In contrast, what von Karman would put on the board was rather disorganized, I realized later that Timoshenko's approach was one in which he concealed the difficulties-everything he presented was smooth.

Whereas von Karman emphasized the difficulties. Intellectually, I was much more influenced by von Karman, who taught us more how to think about a subject on our own.

教壇に立つティモシェンコとフォン・カルマンにそれを聴くハウスナー。何とも豪華な光景である。。

ティモシェンコファンを自任する筆者にとって、上記のハウスナーの話は「半分ショック、半分納得」である。

半分ショックなのは、筆者がティモシェンコの講義を受けても、退屈するか理解できずに着いていけないかあるいはその両方と思われるからである。筆者は、全部を教え込まれる講義よりも、興味深い話を一つでも聴かせてくれる講義を好む方である。

半分納得なのは、あれだけ高度な内容の本を多く出しているくらいだから、講義もそりゃ進むだろうと思われるからである。ティモシェンコの本に目を通している時など、ティモシェンコは本当に一人だけだったのだろうかと思えてくることがある。少なく見積もっても 10 人くらいいたと考えるのが自然である。まぁ、天才というのは常人とは桁がいくつも違うということなんだろうけど。。。


参考文献

  1. Earthquake Engineering Research Institute. Connections, the EERI Oral History Series : G. W. Housner, Stanley Scott interviewer 1997




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