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建築構造学事始

M. サルバドリー / R. ヘラー共著 「建築の構造」 の紹介

今回は、サルバドリー(M. Salvadori)とヘラー(R. Heller)の書いた「建築の構造」という本(望月重 訳)を紹介しよう。日本語版の初版は昭和43年(1968年)とかなり古い本だが、現在でも大型書店に行けば新品が売られているので比較的入手し易い本である。

筆者がこの本を購入したのは、材料力学や構造力学を勉強し始めたばかりの頃だったと思う。H 形鋼は、H の向きに置いて使用するものだと思っていたくらいだから、弱軸や強軸はおろか断面二次モーメントについてもちゃんと理解していなかったことが伺える。もちろん、サルバドリーやヘラーについては全く知らなかった。

古本屋で売られているのをたまたま見つけたのがこの本との出会いである。パラパラと見て図や絵が綺麗なことに好印象を持った。ただ単に綺麗というよりは、日本の同類の本で見る図や絵にはない独特の雰囲気に魅せられたといった方が正確かも知れない。難しい数式も出ていないので、自分のようなレベルの者にも読んで理解できそうに思えたのである。

余談だが、図や絵がきちんと描かれているというのは案外重要なことだと筆者は思っている。建築は芸術だからというだけではなく、構造計算や構造設計でもいい加減な図はいい加減な思考が反映されている場合が多いように思えるからである。あり得ないような図を描いて平然としているなら、内容についての理解も同様に粗雑なものだと思って間違いなさそうである。

それはさておき、構造力学の「こ」の字くらいしか理解していなかった筆者が初めてこの本を読んだ時に印象に残った内容を以下に挙げてみよう。

① 雑巾を絞ると水が出てくるのは?

材料力学を学ぶと、わりとすぐに「せん断」という実生活にあまり馴染みのない何だかよく分からないものが登場する。せん断変形とは、四角形を平行四辺形にするような変形で、せん断応力は斜め方向の圧縮応力と引張応力に置き換えることができるといったあたりがありきたりの説明だろうか。

「建築の構造」もその辺は同様だが、さらにねじりはせん断を生じるとの説明の後に雑巾を絞る話が出てくるのである(5.3 単純せん断)。

捩りはせん断応力を起こすから、それは直交する引張と圧縮に等しいに違いない。主婦が、ぬれたぼろ布を掛ける前に、しぼるとき、この事が真実であるとわかる。捩りは圧縮を起こして、ぼろ布から水分をしぼり出す。

実生活で馴染みのある雑巾を絞ることが、「せん断 → 圧縮 → 水が押し出される」と変換されるという認識は筆者には無かったので、上記の説明は新鮮であった。そのせいか妙に記憶に残っている箇所である。今読むと主語が「主婦」になっているのが気になるが、別の話になってしまうのでそれは置いておこう。

② I 形鋼、H 形鋼はどうしてあのような断面形なのか?

教科書でそこまで書いてあるなら、それはかなり親切な教科書である。「建築の構造」の説明を以下に示そう(7.1 片持梁)。これを読んだ時も「へぇー」であった。

 長方形断面の梁は、梁のファイバーの大部分が許容応力まで応力を受けていないので、明らかに曲げの効率がよくない。すなわち、事実、梁の上・下縁ファイバーだけが許容応力に達しているのに対して、一方、その他のすべてのファイバーは、許容応力以下である。

この非効率性は、梁材料の大部分を、梁の上・下縁の近くにもってゆく事で改善される。薄いウェブで結ばれた、フランジが材料の大部分を占める、I 形梁の断面は、この性質をもっている。

ところで、H 形鋼という名前は、筆者も間違えたように、誤解を生むネーミングだと思われる。英語由来ならまだ仕方ないと諦められるが、英語では W 形( wide flange )なのである(アメリカでの断面の分類については、こちらを参照)。どうせなら、漢字を使って"工"形鋼、またはカタカナを使って"エ"形鋼とでもしておけば良かったのではないだろうか。

③ 片持ちはりが隠れている!

これも些細な内容かも知れないが、当時の筆者には大変興味深く思えたものである。以前の記事でも採り上げた不同沈下に関するものだが、今回はちょっと文脈が異なる。以下にその箇所を再掲する(7.4 曲げの2次応力)。

もし単純支持梁の右支点が、左支点よりも多く沈下すると、梁はヒンジの周りに回転して、この状態に順応する。そして応力を受ける事なく、少し傾斜した状態をとる。もし梁が端部で固定されていると、端部の回転は防がれ、梁は曲がる[図 7.40(b)]。

その梁間中央断面は反曲点を示し、曲げ応力を起こさない。二つの2分された梁は、その先端に荷重をささえている、二つの片持梁のような性質を示す[図 7.40(c)]。

上記の"図 7.40(b)"と"図 7.40(c)"を真似て描いた図を以下に示す。不同沈下した際の両端固定梁は、2つの片持ちはりというわけである。


MS_RH_fig1.jpg

このことから、自由端に集中荷重 P を受ける長さが L で曲げ剛性が EI の片持ちはりのたわみの公式(δ = PL3/(3EI))を使えば、上図の δ を簡単に求めることができる。公式において L を L/2 とし、δ を δ/2 とすれば、

MS_RH_eq1.jpg

となる。

同様に、中央集中荷重を受ける単純支持はりの場合は、片持ちはりを以下のように並べればよい(7.2 単純支持梁)。見やすいように、中央を少し離して描いている。


MS_RH_fig2.jpg

片持ちはりの固定端反力が単純支持はりの中央集中荷重となるのである。片持ちはりのたわみの公式において L を L/2 とし、P を P/2 とすれば、

MS_RH_eq2.jpg

となる。

さらに、中央集中荷重を受ける両端固定はりの場合は、本には出ていないけれど、4つの片持ちはりを以下のように並べればよい。


MS_RH_fig3.jpg

片持ちはりのたわみの公式において L を L/4 とし、P を P/2 とし、δ を δ/2 とすれば、

MS_RH_eq3_2.jpg

となる。

材料力学を現在勉強中の人が、これらのはりのたわみを別々に求めて時間を浪費しているようだったら、このようなアプローチもあることを教えてあげると少しは感謝されるかもしれない。

④ スラブははりでイメージ

板の解説に入る前に交差はりや格子はりで力の流れが説明されていて、そのおかげで板の挙動もすんなりイメージできた記憶がある。交差はりについては以下のように書かれている(10.2 長方形格子梁)。

 直交している2本の梁は、たとえ長さあるいは断面積が異なっていても、それらの交点で同量だけ撓まねばならない。しかしながら、柔な梁と同じように、剛な梁を撓ませるには、より大きな荷重が必要である。それ故に剛な梁は、柔な梁よりも大きな荷重を負担し、2本の梁にかかる荷重は等しくない。

集中荷重を受けている梁の剛性は、梁の長さの3乗に逆比例する。よって全く同じ断面積の2本の梁が、1:2の比率の張間であると、それらの剛性は8:1の比率である。その結果短い梁は荷重の 8/9 を伝え、長い梁は荷重の 1/9 を伝える(図 10.3)。

今読んでも、適切で無駄のない説明だなぁと感心する。上記の "図 10.3" を真似て描いた図を以下に示す。


MS_RH_fig4_2.jpg


⑤ 忘れちゃいけな温度荷重、熱変形

何年か前に参加した「霞が関ビルについて語る夕べ」とでもいう集まり(こちらの記事を参照)では、霞が関ビルの施工を担当された"伝説の人"角田勝馬氏のお話も伺うことができた。

角田氏は、霞が関ビル建設の途上に、立ち上がっていく柱の垂直が計測のたびに狂うという不可解な現象に大いに悩まされたそうである。昨日ちゃんと垂直を確認したのに今日は少し傾いている。修正して漸くオーケーになっても、夕方測りなおすとまた傾いている。これでは建設を続行できないと大問題になったのだそうだ。

この原因は日射であった。日の当たる鉄骨とそうでない鉄骨は異なる伸びを示す。それで計測する時間によって柱の傾きも変わってくるのである。この原因が判明するまでに少なからぬ時間を要したとのことである。

筆者はこの話を聞いた時、最も考えられる原因としてすぐに日射が思い当たった。それは「建築の構造」に描かれている熱変形したビルやドームの絵が脳裏に焼き付いていたおかげである。例えば、以下のような記述のあるページには架構の熱変形の図が示されている(7.4 曲げの2次応力)。

... 高層建築の外柱は、外気の温度が昇ると伸び、一方建物が空調されていると、内柱は伸びない。外柱を内柱に結んでいる、梁の端部は高さが違って、付加曲げ応力が起こる。...

図も模写したいところだが、大変なので省略して、掲載ページが p.119 とだけ記しておく。

伝説の人に僭越なことを書いてしまったが、筆者が角田氏と同じ状況で上記のような解答にすぐに辿り着けるかというと、それは怪しいと思われる。前例の無い事業に携わっていて不可解な現象に出くわしたら、原因はきっと自分の知識の及ばない範囲にあるに違いないと思うのではないだろうか。当事者故の難しさは当事者にしか分からないものだと思うのである。

以上、5つの内容に絞って書いてみたが、筆者の「こ」の字当時の目線で材料力学寄りの内容をチョイスしてあることに注意されたい。「建築の構造」はもっと広範囲の内容について含蓄のある解説がなされているので、実際にご一読されることを推奨する。


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