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2014
04.11

早くから議論されていた地震の最大加速度と被害の関係

Category: 地震工学史
大崎順彦著「地震と建築」に以下のような書き出しで始まる「意外な事実」と題した節がある。

「ところが、強震計が開発されて、地震動の最大加速度が、正確に計測されるようになってくると、意外な事実がつぎつぎに出現して、私たちをあわてさせた。」

この前の節には、河角広の“地震動の最大加速度と木造家屋の全壊率曲線”が載っていて、地震加速度が大きいほど全壊率が増えていく様が示されている。

“あわてさせた”のは、事実がこの曲線とは大きく異なることが往々にしてあることが分かってきたためで、1962年の広尾沖地震、1965年の松代群発地震、1971年のサンフェルナンド地震などで、強震計によって大きな加速度が記録されたにも拘わらず、建物などに被害があまり発生しなかったことが書かれている。サンフェルナンド地震では、1000 ガルを超える加速度が記録されたのに、直ぐ近くにある耐震設計されていないパコイマダムが全くの無被害であった。

筆者が初めて同書を読んだ際、この内容にはいたく興味を引かれ、掲載されているパコイマダムの写真とともに記憶に刻まれていたのだが、今回改めて読み直してみたのは、末広恭二の講演記事にも同様な加速度評価の問題について言及した部分があったからである。

それは、前回も触れた1931年9月21日に発生した西埼玉地震の被害とその加速度記録に関する以下の部分である(拙訳)。

「東西成分が70 gal.に達し、それ以外の成分は60 gal.に達するほど加速度が激しかったという事実に反して、東京では一人も犠牲者が出ていないことは興味深い。」

「加速度計の記録ドラムの回転が低速であったため、加速度成分の相対位相を検知できず、そのため加速度合成値の最大値は不明であるが、その大きさは70 gal.から90 = sqrt(70^2 + 60^2) gal.の間にあることは間違いない。」

「それにも拘らず、この震度(intensity)は、カンカーニ(Cancani)の震度階級ではIXに相当し、地震学者が正しいのであれば、この地震は大災害を生じるはずであるが、実際にはそれ程でもなかった。この事実は重要であり、地震工学者は特に注意を払わねばならない。」

このように、地震加速度の大きさが被害と結びつかないことを指摘して注意を促しているのである。これに続いて、関東地震時の加速度値について以下のように言及している。

「また、1923年の関東大地震の山の手における加速度が約0.15gを超えていたであろうという私の見解は、0.1gであったという一般的な見解と異なり、この地震の観測結果から支持されるようである。」

さらりと書かれているが、関東地震の時の最大加速度値は、その翌年の市街地建築物法に反映されたことを考えると、この見解はその是非についての意見と取れなくもない。

これに先立つこと4年、やはり加速度で評価することの問題を指摘しているのは、真島健三郎である。1927年の真島健三郎の論説「佐野博士の耐震構造上の諸説(評論)を読む」がそれである。

この論説は、震度法を是として振動論的なアプローチを否定する佐野利器への反論として書かれたものであり、真島は以下のように言っている。

「振幅や振期に一向おかまいなく、ただその最大加速度のみを取りさえすれば、建物に対する地震の影響がわかるとすれば、加速度のより大なる地震が何時もより悪いはずであるが、実はこれほど事実に反するものは又あるまいと思う。」

そしてこの後に、明治時代に起きた6つの地震と1923年の4つの地震(関東地震及びその余震)から得られた加速度値を示して、加速度の大小が被害の大小と結びつかないことを主張している。

真島の示している加速度は、地震計の変位記録から計算したものであろうから、末広によれば“物理的に意味をなさないもの”である。ただ、両者は、加速度の大小が地震被害と単純に結びつくものではないという主張において一致している。

末広も真島と同じく佐野の震度法を批判する気持ちがあったのかどうかは、はっきり書かれていないので不明である(アメリカでの講演であるから当然か?)。

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