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2014
05.09

金井清よりも前に「発見」されていた?(2)

Category: 地震工学史
Microtremor という語を地盤に対して用いたのは、大森房吉が最初であるらしい。用いただけでなく、その周期と地震時周期の関係についても既に着目していたようである。鏡味洋史氏の「微動観測とその工学的利用」という論文の"II. 短周期微動"を見ると、以下のように書かれている。

「1908年 OMORI(1908)は周期1秒以下の地盤の振動を計測しこれを microtremor と名づけ、この周期が地震時の際の周期と一致することを指摘している。」

この文の後には、石本巳四雄の論文についても書かれている。

「その後ISHIMOTO(1931)の加速度計による東京・横浜の各地での地震観測にもとづく地盤の卓越周期の存在の指摘以来、地盤の卓越周期と微動との関係についての研究が多く進められた。」

この石本の論文(ドイツ語)の内容が、末広恭二の講演で紹介されている加速度計の調査報告に対応するものと思われる。残念ながら筆者はこの論文を(大森の論文も)入手できていないので、推測にすぎないことを断っておくが、発表年からもほぼ間違いないと思われる。

前回は、本郷での調査結果の辺りまでを書いたが、低地(low ground)での調査にも、石本式加速度計を使用して同様な結果が得られている。調査は丸の内で行われており、本郷と同じく常時動と地震動に関係のあることが以下のように書かれていて(拙訳)、断言は避けているものの、結論については確信していたことが伺える。

「この地域にはまだ十分な数の加速度計を設置していないため、それらより肯定的な結論を導くのは早計であるが、台地(high ground)での調査から得られた結果に反することは何も出てこないことはほぼ間違いない。」

"High ground"は、直訳すれば"高地"であるが、筆者の感覚では、高地と言うと(かなり海抜が高いといった)違ったニュアンスを受けるので、"本郷台地"という地形の名称もあることから台地と訳してみた。

このように、地震研究所では、微動と地震動の関係について、既に1930年前後に結論めいた見解を持つに至っていたと言ってよいようである。

金井清の"On Microtremors VIII"(1961年)を見てみると、微動研究について、石本の書いた論文が引用されてはいるが、ごく僅かに触れられているにすぎない。末広の講演記事にあるような1930年前後の成果は特に引用されてはいない。

お蔵入りしていた研究を30年ぶりに持ち出してきたという感じを受けるが、長期のブランクがある点は、強震計の開発が20年ほど止まっていたのと似ているのかもしれない。そうだとすると、やはり戦争というものの影響が非常に大きかったということになるのであろうか。

以上は、金井清以前についてであるが、瀬尾和大氏の「金井微動とマイクロゾーニング」という記事は、金井清以後について詳しい。微動研究が世界的に知られるようになった過程について書かれているのだが、これを読むと、たとえ"結論"が先にあったとしても、それを裏付ける観測結果を地道に積み上げることが極めて大変な作業であったと想像される。

また、普及においては、小林啓美氏が"伝道師"として非常に重要な役割を果たしたことが分かる。あえて「金井微動」と名付けたのは戦略なのだろう。


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