2014
06.21

万能の天才、ロバート・フック

Category: 地震工学史
前回は、フックとミルンを繋ぐものについて何も見出せていないという(現状での)結論を既に書いてしまったが、それでもフックについていろいろ調べてみたことは、無駄な作業どころか大変有意義なことであった。

筆者は、フックと言えばフックの法則くらいしか知らなかったのだが、これが科学史上のとんでもない巨人であるということを、幾つかの文献を通して知ることができた。フックが関係した分野(の一部)を挙げると、物理学、生物学、化学、天文学、哲学そして建物設計から都市計画までに及ぶ建築学と実に幅広い。それらについて触れるのは、このブログの主旨から外れるので止めておくが、そもそも触れようとしても、とても書ききれるものではない。

フックが同時代のニュートンほど知られていないのは、日本だけでなく本国イギリスでも状況は同様であるらしい。このフックの埋もれた業績に光を当てて、一般向けに書かれた最初の本が、マーガレット・エスピーナス(Margaret Espinasse)著「ロバート・フック」であるが、筆者は翻訳で読んだのだが、ちょっと残念なことに、訳者が忠実な訳を心がけたようで、日本語としては固い文章になっていてあまり読みやすいものではなかった。

次に読んでみたのが、中島秀人著「ロバート・フック ニュートンに消された男」で、これを読むまでは知らなかったのだが、中島氏はフック研究の第一人者とも言える人なのであった。フックの地震学については全く出てこないのであるが、そんなことはどうでもよくなるくらいにこの本は抜群に面白いのであった。(さらに後で知ったのだが、中島氏は、ヘンリー・ペトロスキー(Henry Petroski)の「橋はなぜ落ちたのか - 設計の失敗学」の翻訳者でもあり、こちらも大変面白い本である。)

この中島氏の本については、実際に読んでもらうのが一番だと思うが、以下に筆者が面白く感じた中から2つの内容についてだけ書いておきたい。

1つはフックの法則の"証明"についてである。この法則が"証明"されるものであるということにまず驚いた。ばねに作用する力とばねの伸びを計測した事実に過ぎないと思っていたのだが、フックは微視的な観点からこの法則の物理的解釈を与えているのである。それは中島氏の本の「振動する自然」と題した節に書かれていて、少し長くなるが以下にそれを示そう。

「「復元力についての講義」でフックは、フックの法則を成り立たせている自然のメカニズムについても考察した。その説明の前提となるのは、熱は物質の振動であるという彼の考え方だった。」

(中略)

「この熱運動は、外から与えられるものである。物体は、この外来の運動を受け取るとき、いろいろな振動の中から、特定のものだけを受け入れている。これは、共鳴現象と同じ理由による。そして、物体の隣り合う部分は、互いにそろった運動をしている。この振動運動によって、物体の各部分は左右に動き、その範囲で、物体の他の部分が自分の領域へ入り込まないように排除し合っている。」

「今、ある物体を、本来の長さの二分の三倍(一・五倍)に伸ばしたとしよう。楽器の弦の場合、弦の振動数は長さに反比例する。つまり、長い弦ほど低い音なのだ。これと同じように、伸ばした物体の内部の振動も長さに反比例して変化する。だから、二分の三倍に伸びた物体の振動は、三分の二に減少する。」

「物体を伸ばすことで、内部の振動数が低くなるわけだ。このことは、物体の部分相互が排除し合う力が小さくなることを意味する。その結果として、物体は縮もうとする。物体を自然長より縮めると、ちょうどこの逆のことが起きる。物体の内部の振動数が大きくなるので、相互に排除する力が大きくなり、物体は伸びようとする。このようにして、物体は弾性を持つのだ。」

そして、中島氏がこのフックの言葉を数式で表現したものが1ページのコラム(振動を基礎としたフックの法則の証明)に纏められているので、興味のある方は参照されたい。

このフックの考察を読んで、かつて学んだ熱力学の気体分子運動論によるアプローチを思い出した。筆者は高校の時分、熱力学が苦手だったのだが、ファインマンが "six easy pieces" という本で、微視的な分子の運動を圧力や温度といったマクロな現象へと結び付けてみせた見事な説明を読んで、これには大変納得した覚えがある(だから熱力学が得意になったわけでは全然無いのだが)。

当時は、ファインマンが自ら導いたアプローチだと思い込んでいたのだが(なにせ、天才ファインマンであるから)、こういう考え方はかなり古くからあったようだ。中島氏の本には、以下のようなことも書いてある。

「フックは、振動運動は固体に限るものではなく、気体を構成する粒子も振動運動していると考えた。」

気体よりも固体が先であったとは、今回新たに知った次第である。

中島氏の本で面白いと思ったもう1つは、ニュートンがフックと落体運動について論争する中で誤りを犯していることである。それは現代では"高校生の犯す誤り"なのである。その部分を以下に示そう。

「このニュートンの表現(ニュートンは落体の軌道を示して、そのような軌道が描かれるのは「遠心力と重力が互いに他を凌ぐので、上がったり下がったりする」からであるとした)には、力学における典型的な誤りが含まれている。「互いに他を凌ぐ」といういい回しから分かるように、ニュートンは、遠心力と重力の均衡関係を考えている。しかし、物理学をかじったことがあれば分かるように、遠心力は(慣性系の物理学の範囲では)見かけの力に過ぎず、本当の力である重力と釣り合うことはできない。」

これを面白いと思ったのは、天才ニュートンでも間違えるということもあるが、それよりも寧ろ"高校生の誤り"を馬鹿にしてはならないということである。知識として学んで知るようなことでも、本質を正しく理解するのは本来難しいものなのだ。先日、このブログで取り上げたチョプラ大先生の初期条件の誤りも、一見単純ミスのように見えるが、この話と似ていると言えなくもない。

また、ニュートンはフックとの論争の過程で(つまりフックのおかげで)この誤りに気付いて修正することができたのに対して、フックは最初から正しい認識に立っていたにも拘らず、この誤りを衝いてニュートンを攻めなかったために、両者の主張の"ボタンの掛け違い"は深まって関係はこじれてしまい、結果的にはニュートンにやられてしまうことになるのである。

この本にはフックの地震学については出てこないと書いたが、中島氏の学位論文である「ロバート・フックの科学研究 天文学・光学研究を中心として」の"第七章 フックのその他の研究"では、5 ページほどだがちゃんと地震学についても触れられている。そこには、フックが化石の移動の原因として、地震のほかに地軸の移動も考えたことなども紹介されている(以下)。

「1687年に始まる「地震についての講話」の第二期になると、フックは地軸の移動の可能性について詳しく検討を加えた。地球上の海面は、赤道部分では自転による遠心力のために膨れあがっている。一方、極の部分の海面は、遠心力の影響を受けない。従って、地球全体として見るならば、海水の表面は楕円状になっており、赤道付近では極より多くの土地が海水に覆われる。だから、地球の自転軸が移動しているとすれば、海面下に沈む地表面は、時代とともに変化することになる。」

「地震についての講話」は、前々回にも書いたが、フックの死後に "Lectures and Discourses of Earthquakes and Subterraneous Eruptions " のタイトルで出版されているものである。

ちなみに、「ロバート・フック ニュートンに消された男」は、中島氏がワイト島を訪れるところから話が始まる。氏は、その後何度もワイト島を訪問されているそうだが、ミルンについての記述は見当たらないので、ミルンには着目されていないようなのはちょっと残念である。

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