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2014
10.10

震度0.1にまつわる話(6)(今村明恒が作成した関東地震時の震度分布図)

Category: 地震工学史
「震災予防調査会報告 第百号 甲」に掲載されている今村明恒の「関東大地震調査報告」には、東京の震度分布図(第五十六図 東京市街地震度分布図)が載っている。この図中の震度の大きさは、小さい方から一割内外、一割五分内外、二割内外、二割五分内外の4段階に分けられている。

どのように各地の震度を決めたかというと、大体以下の4つのことから総合的に判断したようだ。

1.  9月1日本震時の地震計の記録
2.  家屋(主に木造)などの被害状況
3.  墓石などの柱状物体の転倒状況
4.  9月1日後に行った各地の余震観測

1については、本郷でも地震計の針が振り切れたように、どの観測点も十分と言える記録は採れ無かったようである。同じ地点でも、東西はOKだが、南北は正確ではないなどという例もある。布良、沼津での記録の解析結果の説明の後に以下の文(p.30 上段後半)がある(原文を一部変更)。

「初動微動継続時間に就いては、震源距離 300 km以内においてこれを正しく記録したものは東京以外には無かったらしい。地震計が実動もしくは二倍程度のものでない限り、大抵初期微動部の終わらざるうちに描針が記象紙外に逸出したのである。」

本郷の地震計の倍率は二倍である。強震動の場合は、むしろ縮小するくらいでないと記録に失敗するのである。

2については、「第二章 第一款 被害統計と震度分布」に示されている。その初めの部分に、被害統計の倒壊家屋数から震度を推定したとある(p.33 下段中)。

「被害統計表において、特に倒壊家屋数の全棟数に対する百分率を求め、この率を基として震度の分布を推定しようとした。但し何れの府県においても棟数の統計は出来ていないから、やむを得ず戸数をもってこれに代用した。」

東京のような都会では一棟に何戸もの世帯が入居している場合が多いので、この評価では不正確となるきらいがあるとの注意書きがある。

大崎順彦著「地震と建築」にあるパコイマダムの例のように、加速度の大きさと地震被害が単純には結び付かないことを我々は知っている。同じ書名だがこちらは真島健三郎によって書かれた「地震と建築」にも、加速度の大小が建物被害とてんで対応しないことが複数の地震の例を通して指摘されている。なので、今村による震度の推定がどれほど信頼できるものかは疑問である。

さらに読み進めると、3に関連する記述が出てくる(p.38 上段前半)。

「自分は被害統計によりてのみならず、観察によっても震度を出すことを試みた。即ち地震の激しかった地方を巡って、家屋橋梁の破壊状態、柱状物体の転倒等から地震力を計算してみたのである。」

3と2は似ているが、3では加速度が直接的に求められるところが異なる。

今村の報告書を読んでいると、かなり頑張って調査した感じがひしひしと伝わってくる。だが、棚橋諒や末広恭二の見解は意外なほど冷やかである。以下は棚橋の見解。

「地震の加速度の推定としては概ね、転倒する物体より推定した値であって、即ちWestの公式から求められたものである。Westの公式は剛体がRockingを始めるに必要なる最大加速度の値であって、これを用いて転倒せる物体の比例より算出せる最大加速度の値は、推定し得る最小の最大加速度の値をいうに過ぎない。即ちその地点において少なくともその大きさの加速度が働いたという事を示すのであって、それ以上の加速度は働かなかったという証拠とはならないのであって、これをもって求められた値はすべて最大加速度いくら「以上」という事を示すものと考えなければならない。」

さすがにそこまでいい加減な調査をしたとも思えないのだが。。。倒れていない墓石についても吟味すれば、「以上」だけでなく「以下」も分かるのではないだろうか?しかし、末広もアメリカ講演の中で、剛体の転倒から求めた震度は信頼性の低いものだと述べている。

この辺りについては、大崎順彦著「地震と建築」では大分違った感じを受ける。以下はその部分。

「墓地にある墓石の数は、たいがい相当多いから、測定結果を統計的に処理すれば、地震動の最大加速度のおよその見当は付けられる。それに、墓石ほど簡単な形をした物体は、地上のどこを探してもない。また全国いたるところに、ほぼ同一のプロポーションのものがほとんど無数にある。だから墓石の転倒による強震加速度の推定といった原始的な方法も、あながち無意味なものとして退けることはできない。」

筆者は「地震と建築」を先に読んだせいもあって、"墓石の方法"はそれなりに有効なものだと思っていた。だが、改めて考えてみると、この調査をちゃんとやろうとすると、かなり大変な作業になるのではないかとも思える。倒れた墓石の縦、横、高さを測り、その墓石が元あった場所からどのように転倒、移動したかを考察するのは、一つの墓石だけでも時間を要しそうだ。それを統計的に有意といえる数だけ行う必要がある。墓石の密度も一律に仮定して問題ないのか、などなど。。。

3だけでなく4の作業も大変そうだ。今村は"土地の震動性能に対する知識を与ふる"ために計測器を担いで東京市内各地を巡回したそうだ(p.45 下段中央)。

「自分は大地震後頻々に起こった余震を利用して、市内各地点における土地の震動性能を調査することを企て、簡単地動計四個を用いて各地点における地震の同時観測を行った。(中略)十月中旬から開始して六ヶ月に三十二点を観測し終わった。四個の器械中一個は比較の基準たる大学地震学教室に置いたので、市中を巡回した器械三個であり、従って一観測点の観測には平均二週間を充てたことになる。」

現在の設計手法の一つである限界耐力計算では、表層地盤の増幅率(Gs値)を計算することになっている。今村の調査はこのGs値にあたるものを観測で求めたと言えるのかもしれない。

下町の震度については、「江東方面」という見出しの下に示されている。以下はその一部(p.47 上段後半)。

「越中島航空研究所における地震の比較観測の結果は、基準観測点の震動周期により著しき相違を示し、本郷の震動周期 0.8 秒乃至 0.9 秒のとき震度は二分の一となり周期 1.1 秒に対し震度は3倍たる三割程度に達したことであろう。これに反して本所横網河岸安田邸(元被服廠西隣)における比較観測は(中略)二倍半程度の震度を示すから、この区域を震度二割五分程度とするのは種々の方面から見て適当の様に思われる。」

被服廠のあった場所は、現在の両国国技館のすぐ近くである。地震の時にここに逃げ込んだ多くの人が火災旋風に巻かれて亡くなっている。避難する際に持ち込んだ家財道具が燃え種となったそうである。筆者も有事の際には蔵書の重要なもの幾冊かを抱えて逃げようなどと思っていたが、これは考え直した方がいいかもしれない。

場所は両国国技館からかなり離れるが、墨田区にある白髭団地という都営住宅をご存じだろうか?ここでは、団地の棟が、関東大震災の時のような火災発生時に巨大な防火壁となるように配置されている。筆者も以前見に行ったことがあるが、"巨大な壁"はかなりのインパクトであった。

さらに驚いたのは、団地近くにある木母寺というお寺のお堂がガラスの箱の中にあることであった。防火区域内なので木造建築をそのまま建てるのは許されないのだそうだ。この木母寺、能の「隅田川」の舞台となった由緒あるお寺だそうだが、ガラスに閉じ込められて窮屈で哀れに見えた。

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