2014
11.15

この世に座屈現象なんて存在しない?

Category: 鋼構造
「この世に座屈現象など存在しないのだ」と言ったら、多くの人は「えっ?」と思うのではないだろうか。材料力学や鋼構造の辺りで座屈理論について確かに学んだし、座屈解析も比較的馴染みのある解析だ。しかし、以下の説明を読むと、少しはこの"暴言"について納得してもらえるかも知れない。

建築構造の分野で初めに目にする座屈と言えば、弾性曲げ座屈だろう。オイラー座屈とも言う。筆者も材料力学の本でこの座屈を最初に学んだ記憶がある。まっすぐで細長い片持ち柱の頂部の中心に荷重 P をかけて圧縮することを考える。P をゼロから次第に大きくしていくと、ある荷重 Pcr になると同時に、頂部が横方向に変位を生じて、P = Pcr のまま変位が際限なく大きくなるといった内容である。

このことをグラフに描いてみよう。縦軸に P を取り、横軸に頂部の横方向変位 y を取るものとする。このグラフ上に上記の座屈現象の一連の軌跡を描くと、原点から出発して y = 0 のまま縦軸に沿って P が Pcr まで上昇し、 Pcr に到達後は横軸に平行な直線 P = Pcr が際限なく引かれることになる。

こんなことが実世界で起きるのだろうか?答えはノーである。なぜなら、"まっすぐな"柱などまず絶対と言っていいほど存在しないからである。必ず僅かな初期たわみを持っているので、グラフの軌跡も原点から出発するのではなくて、横軸上のある正の値から出発して、右斜め上に P = Pcr に近づくように y と P が増えていく曲線となるのである。

なんだそんなことかバカバカしい、と思われるかもしれないが、AISC(アメリカ鋼構造協会)の安定設計は 2005年前後から後者の考えの設計法に段々とシフトしてきているのである。後者の"横軸上のある正の値から出発して、右斜め上に P = Pcr に近づくように y と P が増えていく曲線"を求める解析とは何かといえば、前回書いた二次解析に他ならない。

同様な話をもう一つ。

骨組中の柱の座屈長さを決める際に、通常採られる手順を大雑把に書けば、まず骨組が水平移動するかしないかを判定しておいて、座屈長さを求めたい柱の周囲のはり、柱の剛度からGAとGBを計算し、座屈設計指針などに示されている計算図表(水平移動あり、なしで別表になっている)からGA、GBに対応する座屈長さ係数γを読み取る。

この手順を使用するには、複数の条件を満足している必要があるが、それらの条件を覚えているだろうか?またそれらを意識して設計されているだろうか?鋼構造座屈設計指針、鋼構造設計規準、鋼構造塑性設計指針にも記述されているが、本家 AISC にはもっと詳しく9つの条件が書かれているのでそれを列挙すると、

(1) 挙動は完全に弾性的である。
(2) 全ての部材の断面は一定断面である。
(3) 全ての接合部は剛節である。
(4) 水平移動が拘束された骨組内の柱においては、拘束しているはりの両端における回転は大きさが同じで向きが反対であり、単曲率の曲げを生じる。
(5) 水平移動が拘束されない骨組内の柱においては、拘束しているはりの両端における回転は大きさと向きが同じであり、複曲率の曲げを生じる。
(6) 全ての柱の剛性パラメータ L sqrt(P/EI)は等しい。
(7) 接合部の拘束は、その接合部の上下にある柱の EI/L に比例してそれらの柱に配分される。
(8) 全ての柱は同時に座屈する。
(9) はりに顕著な軸圧縮力は存在しない。

この世の中にこれらの条件を全て満足する構造物が存在するのだろうか?答えはノーである。この9つの条件の前に書かれている文章を示すと以下の通り。K とは日本の場合のγで、(有効)座屈長さ(effective length)係数である。

「K を決定する最も一般的な方法は、アラインメントチャートを用いる方法である。水平移動が拘束された骨組用のものを Figure C-A-7.1に、水平移動が拘束されない骨組用のものをC-A-7.2に示している。これらのチャートは、以下に示すように、実際の構造物では殆どあり得ない(seldom exist in real structures)理想化された条件の仮定(上記の(1)-(9))に基づいている。」

原文は以下。

The most common method for determining K is through use of the alignment charts, which are shown in Figure C-A-7.1 for frames with sidesway inhibited and Figure C-A-7.2 for frames with sidesway uninhibited (Kavanagh, 1962). These charts are based on assumptions of idealized conditions, which seldom exist in real structures, as follows:

(1) Behavior is purely elastic.
(2) All members have constant cross section.
(3) All joints are rigid.
(4) For columns in frames with sidesway inhibited, rotations at opposite ends of the restraining beams are equal in magnitude and opposite in direction, producing single curvature bending.
(5) For columns in frames with sidesway uninhibited, rotations at opposite ends of the restraining beams are equal in magnitude and direction, producing reverse curvature bending.
(6) The stiffness parameter L P / EI of all columns is equal.
(7) Joint restraint is distributed to the column above and below the joint in proportion to EI/L for the two columns.
(8) All columns buckle simultaneously.
(9) No significant axial compression force exists in the girders.

なるべくならこんなひどいものは使わずに設計したいものだ。実際、AISC では座屈長さ係数( K )を使わない設計法が主流となってきているのである。これについて興味を持たれた方は、下記に示す AISC サイトの Shanker Nair 氏のオンラインセミナーをご覧あれ。名レクチャーである。今回の話の大部分は Nair 氏の話の受け売りというのもお分かりいただけるかと。。。

AISC Online Seminar : A New Approach to Design for Stability by R. Shankar Nair

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コメント
そんなに深く勉強したわけではないですが、私は座屈現象は一種のエネルギ解放であり、偏心ゼロ・初期不整ゼロの圧縮材でも発生するものだと思っていましたが、もしかしてとらえ方が間違っていますかね。
whitefoxdot 2014.11.19 00:06 | 編集
オイラーに聞いてみたいですね(笑)

理論的には、荷重偏心も初期たわみも無い場合は、どの方向にたわむかを決定する要因が無いので、どの方向にもたわまないのではないでしょうか?

本記事は、Shankar Nair 氏の主張を引用したものですが、氏は座屈が起きないと言っているのではなくて、実現象は座屈荷重に達する前からたわみが大きくなっていくので、buckling ではなく amplification(初期たわみが軸荷重によって増幅していく現象)と見なすべきであり、設計も実現象に合った後者の立場に立つ方が合理的であるということなのだと思います。

余談ですが、オイラーは実現象の観察から座屈荷重を求めるに至ったのではなくて、荷重を受ける梁のたわみ曲線を思考している中で柱の座屈に行きあたったようです。

ティモシェンコの History of Strength of Materials を見ると、荷重の作用角度を変化させて部材のたわみ曲線を色々と求めたことが書かれています。その特殊ケースとして柱の座屈荷重が導かれています。

オイラー自身の言葉も出ているので書き写すと(Cπ^2/4l^2 は座屈荷重のことです)、

"Therefore, unless the load P to be borne be greater than Cπ^2/4l^2, there will be absolutely no fear of bendig; on the other hand, if the weight P be greater, the column will be unable to resist bending.(後略)"

レビィとサルバドリーの「建物が壊れる理由」という本には「オイラーの時代の構造物には座屈するような細長い柱が無かったにも拘らず、オイラーがこのようなことを考えたのは注目に値する」と書かれていますね。
神田霞dot 2014.11.19 22:47 | 編集
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