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2014
11.20

構造計算は計算尺で十分?

Category: 地震工学史
建築構造分野に限らず、現代の数値計算の道具と言えば個人で所有しているパソコンが最も身近なものだろう。余程大規模な構造が対象でもない限り、標準レベルのメモリ容量で十分なので、実数変数は倍精度に取るのが普通ではないだろうか。倍精度だと、処理系にもよるが大体 16 - 20 桁の精度である。ちょっとした計算をするのに便利な Excel でも有効桁は15桁もある。

このように計算道具として素晴らしいものが手に入ると、ついつい細かい計算に気が取られてしまいがちだ。また、何やら随分と正確なことをやっているような気になってしまう。しかし、内藤多仲のような一流の構造家は、そのような「木を見る」ことよりも「森を見る」ことの方がはるかに重要であると考えていたようだ。

内藤の「日本の耐震建築とともに」の「計算尺と私」という節には、構造設計の際の計算精度は2, 3桁で十分と、ちょっと驚くようなことが書かれている。それは以下のような書き出しで始まる。

佐野利器先生には特別の思い出がある。大正三年、先生がドイツに留学されたとき、帰国のお土産に十四センチの計算尺をいただいた。私はこの計算尺を今日まで肌身離さずに愛用している。

建物を実際に設計する際には、支柱、梁の寸法、地震や風に対する計算を計算尺一本で求めているとの説明の後に、

いうまでもなく、計算尺では、たかだが二ケタか三ケタの有効数しか求められないが、しかし安心して使用できるものである。さらに、精度を要する数値は他の方法によって求めるが、その必要はめったにない。東京タワーの設計にさいしても、私はこの計算尺によって割り出し大方の設計をやってのけた。

2, 3桁で十分というよりは、そのレベルの計算をやる段階の設計行為が、全体への影響という観点からは重要であるということのようである。これについては、内藤が文化功労者として顕彰された際に、竹山謙三郎が内藤への祝辞として書いた「内藤先生と計算尺」という文が参考になる。

内藤先生とお話したことのある方は、先生が時々胸のかくしから小さい計算尺を取り出して数値を確かめておられるのにお気づきだと思う。(中略)この計算尺には昔からある云い伝えがある。今から25年も30年も前、まだ東海道線を特急富士などが展望車をつけて華かに走っていた頃の話だ。当時先生はビルの構造設計を関西でも沢山手掛けておられたが、その用で大阪へ出張されるときは必ず展望車に陣取って、向こうに着くまでにあの計算尺を使って構造計算を一つ片付けてしまわれたというのである。

当時まだ学校の出たてで、2尺もあろうという計算尺を抜きつれ抜きつれ、何日もかかって曲げモーメントが収斂したとかしないとか云って騒いでいた私達にとっては、率直に云ってこの伝説は解せないことでもあった。というのも当時はラーメン計算法が耐震構造学の中心テーマで、略算法の誤差などがやかましく論ぜられていた頃だったから、あの小さな計算尺で僅か何時間の間にまともな計算ができようとは一寸想像できなかったからである。

長さ2尺(約60cm)の計算尺の精度がどれくらいか未確認だが、たわみ角法を発案したウィルソン(W. M. Wilson)の論文などを見てみると、竹山が書いているように計算尺の精度について細かく検討している部分が確かにある。

竹山の言葉を続ける。

計算尺の秘密が解ったのはそれから何年もの後である。建物の耐震性を支配するものは、平面や、壁の配置や、基礎などの構造計画が圧倒的で、ラーメン計算はほんの気休めのようなものだという事がどうやら解って来てからのことである。内藤先生の耐震構造論は、初めから構造計画の重要性を指摘されたものであった。先生はラーメン計算の方法として最初ポータルメソッドを紹介されて後は、余り深入りをされなかったのではないかと思う。あのラーメン理論万能の時代に一人超然として、始めの信念を持ち続けられた先生は、矢張りほんとの意味の耐震構造学者だと思う。

構造計算よりも構造計画で大方は決まってしまうということのようである。

Robert Reitherman も内藤の設計理論と計算尺は深く関わっているとして、内藤が使用していた計算尺を写真付きで紹介している。その部分を以下に示そう(拙訳)。

地震工学上また構造工学上の未知な要因に対して内藤が持ちあわせた慎重深い判断力は、今日あるべき地震工学にも通じるものである。内藤は地震工学分野の計算手法の発展に貢献した偉大な先達の一人であるあるものの、それらに内在する不確実性について言及しており、また将来発生する地震が構造物に与える影響を正確に計算できるとあまりに容易に思い込んでいる生徒には、そのことを強調して伝えたようである。

「日本では他の地震国と同様、建物全体に作用する自重の少なくとも 0.1 の水平力を考慮することが建築基準によって要求される。しかし、この自重の 0.1 という係数は、過去の経験から決められたものでも将来の発生可能性から決められたものでもない。この地震係数は、関東地震の際に東京帝国大学での地震記録として得られた初めの強震動の加速度がこの程度であったという以外は、十分な根拠は存在しない。」

彼が計算結果の数値をより下位の桁まで読み取り可能な長い計算尺を使わずに、彼の師であった佐野利器から貰い受けた短いもの(14 cm)を使用していたということは、彼が耐震計算における高精度さに信を置いていなかった事実を示すものである。(中略)内藤は有効数字2桁までが耐震計算には適当であり、過度に正確な数字を強調することは、実際に構造物がどのように挙動するかを把握するという欠くことの出来ない作業から設計者の注意を逸らす恐れがあると信じていた。

Reitherman の見解も竹山のものとほぼ同じと見ていいだろう。

ところで、上記の「日本では他の地震国と同様...」の部分に対応する参考文献を見ると、内藤が1939年にフィリピンのサント・トマス大学で行った講演の記録から引用されていることが分かる。実はこの文章は、末広恭二のアメリカ講演の記録にほぼ同じ内容のものがある(このブログの「震度0.1にまつわる話」でも紹介済み)ので、内藤が末広の講演を引用したようだ。内藤の方の原文を以下に示しておこう。

"In Japan, as in other seismic countries, it is required by the building code to take into account a horizontal force of at least 0.1 of the gravity weight, acting on every part of the building. But this seismic coefficient of 0.1 of gravity has no scientific basis either from past experience or from possible occurrence in the future. There is no sound basis for this factor, except that the acceleration of the Kwanto earthqake for the first strong portion as established from the seismographic records obtained at the Tokyo Imperial University was of this order."


参考文献

1. Robert Rietherman : Earthquakes that have initiated the development of earhquake engineering, BULLETIN OF THE NEW ZEALAND SOCIETY FOR EARTHQUAKE ENGINEERING, Vol. 39, No. 3, September 2006 .

2. 竹山謙三郎 :「内藤先生と計算尺」、建築雑誌、78巻921号、1963年


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コメント
ベースシア0.2というのは、有効数字が1桁でしかないことをよく考えろと会社に入ったばかりの時に上司に言われました。
今の無駄に桁数の多い細かい計算はよく分かりません・・・・。
whitefoxdot 2014.11.28 00:19 | 編集
設計の際は全体を俯瞰することを忘れるなということなのでしょうね。それがなかなか難しいのかもしれませんが。。。
神田霞dot 2014.11.29 22:40 | 編集
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