2013
11.12

耐震設計への道を拓いた男:アルトゥーロ・ダヌッソ (6)

Category: 建築構造史
ダヌッソが提案したのは、円形べた基礎上の2階建て鉄筋コンクリート建物であると書いたが、彼はその耐震性の議論にいわゆる串団子モデル(1質点と2質点)を用いている。

前回も書いたように、絶対量を用いて定式化している以外は、現代の我々にも馴染みのあるアプローチである。ただ、減衰は考えていない。低層で剛性が大きいということから非減衰系としたのかも知れない。

1909年の時点では、地震時に地面がどう揺れるかについてはもちろん分かっていなかった。アメリカのカリフォルニアで起きたロングビーチ地震で強振動がキャッチされたのは1933年である。ダヌッソは、地動として調和地動を仮定したのだが、これが批判を受けたというから厳しいものだ。

モデスト・パネッティ(Modesto Panetti)を中心とした委員会がダヌッソの論文を評価したのは、彼のアプローチが従来の直観的な設計法とは違って、振動論に立脚した合理的な計算法、評価法を与え得ると見なしたからであった。

委員会は、最終的には、動的設計は実用的ではないとして、水平力を横から作用させる静的設計法を採用するに至っている。このあたりは、ダヌッソの意向であったのか、委員会の意向であったのかは分からない(ダヌッソは委員には含まれていない)。憶測だが、ダヌッソと委員会の意見が対立したこともあったのではないだろうか。

この15年後(1924年頃)、ダヌッソと似た考えで建物の耐震性を議論したのは、柔剛論争で有名な真島健三郎である。真島も振動論に立脚して建物の応答の考察を行っている。真島の論文には、ダヌッソが示した共振曲線と全く同じものが出ている。真島健三郎については、改めて書いてみたい。

それはさておき、静的設計法の採用は、良くも悪くもその後のイタリアの耐震設計を方向付けたと言えるようだ。設計法がシンプルで使いやすい半面、動的設計法の実現を遅らせたのも事実である(応答スペクトルの考えが設計法に反映されたのは、1970年代になってから)。

この静的設計法は、佐野利器の震度法と似ているが、異なるのは、設計用の水平力を設計対象階よりも上部の重量に対して決める点である(震度法では、上部重量ではなく建物重量)。つまり、面白いことに、現在の日本の建築でお馴染みの層せん断力係数と同じなのである(高さ方向分布は異なるが)。

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