2017
10.23

ビルトイン応力をどう扱う?

Category: 建築構造史
小野薫、田中尚共著「建築物のリミットデザイン」の第 9 章"元応力・元歪を如何に考えるか"の導入部には、ハウスナーがビルトイン応力(built-in stress)の重要性を説明する際に列挙している例と大体同じよう例が示されてれている。

但し、こちらは許容応力度設計の問題という観点からのアプローチとなっている。以下がその部分である。

構造物の内部に起る応力をできるだけ真実に近く計算して、最大応力を許容応力度以内に収める、というのが許容応力度による構造設計法(従って材料安全率の考えに基礎をおく設計法)の根本の考え方である。

構造物の内部に起る応力をできるだけ真実に近く求めるには、施工の順序や工作の誤差や、温度応力や、基礎の沈下などをすべて取り上げて、応力計算をしなければならない筈である。

現在の知識水準でできないことがあるにしても、理想はすべての現象をとり上げて、応力計算をすることにある。現在、建築の構造設計者は 温度応力や基礎沈下による応力の問題に対して、どの様な態度を以てのぞんでいるのだろうか。

この問題への対処の仕方は3タイプに分類されるとして以下のように書かれている。

 先ず第一は構造計算規準の通りに計算して、荷重による応力以外には全然関心のない無関心型の人達がある。第二は、温度応力や基礎沈下による応力も起るには違いないが、その様な現象に対する用心として、材料安全率というものがあり、長期許容応力度が低くとってあるから安心である。今迄も温度応力など計算に入れたことはないが、大して障害も起らなかったから、取り上げる必要はないと考える安心型の人達がある。

 この二つの型の人達は、構造は正確無比に、何等の元応力も元歪もなく、固定荷重も積載荷重も全然かかっていないままで作られるものと考えて、出来上った後で荷重がかかるという仮定のもとになされた応力計算から、出て来た応力が許容応力度以内に収ったとして得々としている。そして、慣れるに従って、如何にも真実の応力が計算されている様に思えて来るらしいから、習慣というものは恐ろしいものである。

 第三の型は回避型である。この型の人達は、現行の応力計算法によって得られる応力が、基礎の沈下や温度応力や施工順序や工作の誤差などの為に、本当に起る応力と相当に違った答になっている事を知っている。一方、温度応力などは正面から取り上げると相当大きな値になって、設計が困難になることも知っている為に、これらの現象を正面から取り上げることを回避して、幾分の配慮をすることによつてお茶をにごすわけである。

現在の技術水準では、ハッキリ計算にのらない現象も多いので、起りそうな現象に対して配慮されているだけに、この型の人達は、レベルが高いわけであるが、温度応力にしても基礎沈下にしても、大きな応力を起す現象であるから、何れは正面から取り上げて行かねばならない問題であるには違いない。

無関心型、安心型、回避型の人の比率は、300:29:1 くらいであろうか?

筆者はもう一つの型があるのではないかと危惧している。それは、誤魔化し型あるいは偽装型とでも呼ぶべきタイプである。これは上記のような問題に限った話でもなければ構造設計者に限った話でもない。

もっと広く昨今の研究者、技術者、販売者などにも見られるタイプである。あまりに多いので、個人のモラル云々でどうにかなる問題ではないらしい。もっと根の深いところで我々の社会に内在する問題のように見受けられる。さすがの田中しょう先生も現在のような状況は予見できなかったであろう。

脱線はこのくらいにして本の内容に戻ろう。上記の部分に続いて回避型の人達の対処法について説明されている。

 さて、それでは温度応力とか、基礎の沈下による応力とかを取り上げて考える良心的な人達はどんな考えをもつであろうか。

「例えば長大構造物における温度応力の問題である。単層ラーメンで(あるいは高層ラーメンの上部でもよい)温度変形により曲げモーメントを計算してみると長さ 40 m にもなれば地震力のそれに匹敵してくるものであり、常時においてプラスチックな状態が存在する可能性がある。これ以上の構造物ではなおさらである。

無視するにはあまりに大きな数値であり、考慮すれば現行設計ではかなりの困難を感じるものである」- これは横尾義貫博士の書かれたもの(昭和 30 年度春季大会研究協議会見聞記 建築雑誌 昭和 30 年 7 月)を引用させて頂いたものである。

温度応力を真面目に取り上げれば、塑性域が生じ、現行の長期許容応力度をはるかに上廻る応力になり、低い許容応力度を守れば、設計に困難を感じることを認めておられる。

 同じ様な事を梅村魁博士も書かれているので(塑性ラーメンの自己歪応力と終局強度、建築学会研究報告第 31 号、第 1 部昭和 30 年 5 月)、ここに借用すれば、『現在の設計では、温度、収縮応力とか基礎沈下による応力などを、水平荷重による応力と合成して設計することは、一般に行われていない。

しかしこれらの自己歪応力は、大なり小なり、必ずおこることであり、まともに弾性計算でやると、場合によっては、水平応力を超過することさえある。それが設計にとり入れられないのは、一般に「設計にならないから」と言われている。即ち断面が常識以上に大きくなってしまうからである」- とある。現行設計法に忠実なら、設計にならない程非常識な断面になることを認めておられる。

と、理屈よりも常識優先で温度応力や基礎沈下による応力を無視しているという実状が書かれている。

さらに続けて、真面目に許容応力度設計しようとすると、建物を切り離すしかないとして以下のように書かれている。

 温度応力や基礎の沈下による応力などを取り上げて、而も最大応力が許容応力度以下に収まる様にする為には、これらの応力ができるだけ小さくなるように、構造物を小さく切り離さなければならなくなる。

聞くところによると土本屋さんは、丁寧にもラーメンを 3 スパン毎に分けて expansion joint を設けて、温度応力の大きくなることを避けているそうである。物事を素直に受取ることの苦手な筆者は、3 スパンラーメンまでは公式集に答が載っているから 3 スパンラーメンで切り離すのだろうなどと、前には甚だ失礼な事を考えていた。

然し現在では、このように温度応力までとり上げて計算して、最大応力を許容応力以内に収めるというやり方は、許容応力度によって設計するという立場からは一貫した立派な設計態度であると考えなおしている。

建築に於ても、現在の低い長期許容応力度をそのまま残しておいて、温度応力をとり上げようとするとどうしても建築物はコマギレにならざるを得ない。起り得る現象を正面から取り上げて設計しようという良心的な人には、長期許容応力度がある限り、現在建っているような巨大な建物は到底設計できないことになりそうである。

たとえ建物をコマギレにしても、梁の上下の温度差によって起る最上階の梁の応力は無視できない程大きく、5℃ 程度の温度差で荷重による応力に匹敵する程大きいから、(梅村魁:鉄筋コンクリート建物の自己歪亀裂、第 18 回建築学会関東支部研究発表会梗概集、昭和 39 年 9 月)静定構造物以外は何とも設計のしようがないことにならないだろうか。

次に許容応力度設計を是とする人たちの分類がユーモラスに示されているのだが、引用が随分長くなってしまったので今回はここまでということで。。。



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2017
10.12

「リミットデザイン」と呼ばれていた頃

Category: 建築構造史
圧延鋼のウェブに軸方向に沿って長い切れ込みを入れたら、分断された上下の部分はおそらくじっとしていないだろう。互いに離れるといった何らかの変形を生じると思われる。M. サルバドリー & R. ヘラー共著「建築の構造」の"2.5 熱荷重と沈下荷重"には、そのように変形した圧延鋼はりの絵が描かれている。

構造物は、冬は冷やされ夏は熱せられる。一日のうちだけでも朝晩は冷やされ日中は温められる。日の当たる所と当たらない所ではかなりの温度差が生じる。ハウスナー先生に指摘されなくても、このような温度応力(熱応力)は無視できそうにないと思われる。

このような温度応力が生じているところに地震が襲って来れば、温度応力に地震応力がプラスされた応力を生じることになる。一日のうち温度応力の影響が少ない時間帯もあるだろうが、地震がそのような時間帯を選んでくれるとは限らない。

温度応力などのビルトイン応力(built-in stress)を真面目に採り上げて許容応力度設計を実施しようとするとかなり大変そうである。だが、設計者には幸いなことに(施主には不幸なことに?)地震荷重を対象とした計算に温度応力も一緒に考えなさいと規準には書かれていない。これは何故だろうか?

1956年(昭和31年)に出版された小野薫、田中尚共著「建築物のリミットデザイン」という古い本には、この辺りの背景について説明された部分があるので以下にそれを紹介しようかと思う。

まずはこの本の紹介から。

以下はタイトルページを撮影したもの。

OnoTanaka_1.jpg


本書は一般的な専門書とちょっと趣を異にしている。目次を見ればそれが少しお分かりいただけるかと思う(下記)。

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一風変わった章タイトルと思われないだろうか。「正直者が損をする話」についてはかなり以前にちょっと引用したことがある。

本書は、イギリス生まれの塑性設計が我が国に導入され始めた頃にどういったことが起きていたのかが詳しく分かる内容となっている。具体的に言うと、守旧派(弾性設計に基づく許容応力度設計を擁護する一派)との熱い論争の軌跡が示されており、「へぇー、何気なく読んでいた塑性設計指針もこんな大変なことが繰り広げられた結果出来上がってきたものなのか」と感慨にふけってしまうのである。

筆者はこの本を古本屋で僅か千円くらいで入手した。最近の本には書かれていない興味深いことが多く載っているので、随分お得な買い物をしたと一人悦に入っている。

ビルトイン応力のような応力をどう扱うか、塑性設計とどのように関係するかについては、この本の"9. 元応力・元歪を如何に考えるか"に記述がある。これについては後日。。。



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2017
10.06

想定外の壊れ方をした建物たち(その4 続 ハウスナーの見解)

Category: 耐震工学
構造計画を行う時や、学生なら構造力学の問題を解く時などには、「力の流れ」をイメージすることが重要であるとよく言われるが、慎重居士のハウスナー先生からすると、そのような考えは楽観的過ぎるということになるのかも知れない。

先日の記事では、構造物には地震や風といった外力が作用しなくても、様々な要因の応力が閉じ込められていることに言及したハウスナーの論文を紹介した。以下はその続きである(拙訳と原文)。

先の議論は、建物内の実際の応力と設計コードの要求に従う計算応力の違いを浮き彫りにしている。計算応力は多くの仮定で単純化されている上にビルトイン応力や応力上昇の存在を無視している。

私の知る限り、建物内の真の応力を計算応力と比較する物差しは存在しない。斯様な情報は耐震設計には重要かも知れないにも拘わらず、である。

The preceding discussion highlights the difference between actual stresses in a building and the stresses calculated according to the code requirements. The calculated stresses involve a number of simplifying assumptions and, in addition, neglect the existence of built-in stresses and stress risers.

So far as I know there have been no measurements of the true stresses in a building as compared with the calculated stresses even though such information could be of value in seismic design. It seems that such stresses are not taken into account in the design.

"真の応力"を求めようとしないのにはそれ相応の理由がある。だがそのために大きな被害を招いてしまった、とハウスナーは言う。

設計計算でそのような応力に配慮しないのは知見不足が主な理由であり、ビルトイン応力は建物の挙動に影響しないであろうことが経験上明らかなので通常考慮しないようだが、ビルトイン応力と応力上昇が悪影響を及ぼしうることがノースリッジと神戸の地震によって明白となった。

It seems that such stresses are not taken into account in the design calculations primarily because of lack of knowledge, normally the built-in stresses are not considered because experience has shown that they do not seem to affect the performance of building, but, as the Northridge and Kobe earthquakes have shown, the built-in stresses and stress-risers can have adverse effects.

これに続けて、ノースリッジ地震と兵庫県南部地震での被害例を引きながら、より具体的で詳細な考察がなされているので、興味のある方は文献 1) を参照されたい。わずか 4 ページしかない論文なので、読了するのにさして時間はかからない。

上記のハウスナーの論文を読みながら筆者が思い出したのは朱鷺メッセ連絡橋の事故のことである。この連絡橋は完成後大分時間がたったある日、人が歩いていたわけでもないのに突然自滅するように崩落してしまった。地震や台風やその他主だった外荷重は無かったのにである。

この連絡橋はある橋脚の部分まで工事が終わった時に工期の区切りか何かのために工事が中断されたという経歴を持っていた。橋脚(支持点)の先もはりのある"連続はり"として設計されていたのに、一時的にその先のはりが無い状態に置かれることになったのである。やじろべえの片腕だけ完成してもう一方の腕がまだ出来ていないアンバランスな状態と同じである。

まだ出来ていない方の腕に相当するカウンターウェイトを置いてから須らく完成済みの腕(橋桁)の支保工を外さなくてはならなかったのに、何も処置をせずに支保工を外しにかかったところ橋桁がどんどん下がってきたので慌てて作業を中断したのである。

かなりうろ覚えだが、あらましは大体以上のようだったと記憶している。

この時の作業によって設計では考えていない"ビルトイン応力"がこの部分に閉じ込められてしまった可能性がある。ハウスナーが例に出していた南カリフォルニアエジソン社のビルよりも状況は遥かに悪そうだ(上弦の鉄骨はかなりの部分塑性化したのならビルトイン応力の範疇を超えている?)。

もう一つ筆者が想像の翼を羽ばたかせて連想したのは、芦屋浜高層アパートの柱のことである。ひょっとしてこの柱は平時から引張状態にあったなんてことはなかったろうかと妄想が沸いてきたのである。リダンダンシーが高かったということくらいしか推論の根拠はないのだけれど。。。

さて、先にハウスナーの見解はユニークだと書いたが、ビルトイン応力のような応力の扱いをどうするかについては 1950 年代くらいに議論がなされていたようである。それについて書かれている文献を後日また紹介したい。


参考文献

  1. George W. Housner : Opinion Paper, Unexpected Stress Failures during Earthquakes, Earthquake Spectra, Volume 13, No. 3, August 1997.




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